1-5
「生き……返る?」
そんな嘘みたいな話があるのか?
「うん。でも、元の世界には無理だよ。あっちで死んだはずの君をあっちで生き返らせるのは世界の摂理に反するからね」
「ということは異世界転生ってやつか!?」
女神と名乗った少女は何度も頷いた。その表情はどことなく嬉しそうな様子だ。
「まぁ、この手紙を読むのはいつだっていいよ。優真君がいつか向き合えるようになった時、読めばいいのさ。……ただ」
女神は、3通の手紙から1つを選び、それを俺の方につきだしてきた。
「これは、今読んだ方がいい」
その手紙を受け取った俺は、誰からなのかを確認した。
万里華からだった。
「逃げるな」
その言葉は、目の前にいる女神が目を反らした俺に告げた言葉だった。
幼なじみからもらった最後の手紙、その内容を確認しようとしたら、腕が震えた。
読みたいという心があるのも確かだった。でも、これを読めば、彼女が俺に抱いていた本心というものを嫌でも、知ってしまう。
もしかしたら、恨んでいるかもしれない。
もしかしたら、悲しんでくれているかもしれない。
もしかしたら、喜んでいるかもしれない。
そう思うと、俺は彼女のことをなにも見てなかったんだなって思い知らされる。
その心の内を見透かされた言葉。『逃げるな』という言葉は、俺の逃げ道を閉ざした。
読まなきゃ前に進めないのだと思った。
封を開き、折りたたまれた手紙を開いた俺は、その内容に目を通す。
一言で言わせてもらえば、先程の心配は杞憂だった。
『雨宮優真君へ
この手紙は、君に読まれる前提で書かれた手紙です。神と名乗った胸の大きい少女があなたに届けてくれると聞いて、書いています。
本当に死んじゃったんだね。なんで私を残していっちゃったのかな。でも、あの時の優真君は、その場にいながら動けなかった他の誰よりも、ううん、私の知っているどんな人よりもかっこよかった。
ただ、見ていることしか出来なかった私なんかよりよっぽどすごいと思う。
これが優真君に想いを伝えられる最期の機会みたいだし、言わせてもらうね。
私は優真が好きだったよ。
友達とか幼なじみとしてではなくね。
こんなことになるならもっと早く言っておけば良かったな。
じゃあね。新しい世界では立派な保育士になれることを遠いこの地から祈ってるね。
万里華より』
手紙の文字は、普段の彼女とは思えないくらい歪んだ文字だった。
ところどころに、涙の跡が窺える手紙、なんか迷っていた自分が、ばからしく思えてくる。
………脈ありだったのか~。それなら、告白しておけば良かったな~。
あれ? なんで泣いてんだ俺?
嬉しいはずなのに、罵倒されるような手紙じゃなかったはずなのにーー
「いいんじゃないか? 別に嬉しくて泣いても」
その言葉が耳に届いてきて、俺の目から流れる涙の量が増えた。
あの場所に戻りたくても、戻れない。死んだ俺には、もうあそこに居場所はない。
そんなこと分かっていても、皆に、彼女に、また会いたかった。
◆ ◆ ◆
「落ち着いたかい?」
「ああ、ありがとう、一人にしてくれて」
「別に気にする必要はないさ。死んだ者たちは、手紙をもらうとそうやって泣くんだ」
女神は、俺の向かいにあった座布団に腰掛けると、「本題に入ろうか」と言って仕切り直した。
「君が子どもたちを救ってくれたことを私は本当に感謝しているんだ。だから、君に第二の人生を歩ませてあげたいと思って、こうしてこの場に立っている」
服の袖で涙を拭っていた俺を、慈しむような目で女神は見てくる。
女神は、俺が女神の方を向いたのを確認すると、頭を下げた。
「あの時、言えなかった家族や、保育士の人たちを代表して言わせてもらう。ありがとう。子どもたちを救ってくれて。君が命懸けで庇ってくれなかったら、3人の幼く尊い命が失われるところだった。感謝の気持ちとして、君に何でも1つ持っていくことを許可させてもらう。よく考えてもらいたい」
自尊心の塊かと最初は思ったけど、こんな俺に頭を下げる。そんな姿は、正直尊く感じた。
……何か1つか。
「……記憶をそのまま持っていくというのは?」
「安心してくれたまえ。心も体もその手紙も、持ち込ませることが可能だ。なんなら、魔法とか存在して、ハーレム可能な一夫多妻制の世界に送ろうと思っているし、言葉も分かるようなんとかしとくよ。それから、食料も君のいた世界と変わらないからね。そこら辺は気にしなくていい。
さて、どうする? 冒険者稼業でもするかい? 楽して金を稼げるチート能力でも与えようか? それか、君にしか扱えないようなチート武器でも可能だ。何せ、君の世界にある異世界転生ものは、私の大好物だからね。有り余る時間を駆使して、色んなラノベを読み込んだ私に一部の隙もないよ! それに、ずっとこんな日が来ることを心待ちにしていたんだよ私は!」
女神がぐいぐいくるせいで、俺は何が欲しいのか、決めあぐねていた。
でもどうせなら、また同じような場面に陥った時、逃げずに立ち向かえられるような勇気が欲しい。あっ、でも、またそれで死んじゃったら、何の意味もないし、守るための力も欲しいかな。
あれ? 1つに決められないーー
「……いや、その程度なら、能力としてつければいいから、別に気にする必要はないよ。……というか、そんなんでいいの? ドラゴンを一発で倒せるような魔法とか、一生困らなくていいくらいの金とか、何でもオッケーなんだよ?」
「正直、そっちも魅力的だけど、俺は、あっちの世界ではのんびり暮らしたいし、せっかくなら、元の世界ではなれなかった保育士になりたいんだよ」
「そうかい? なら、私は止めないよ。さあ、行っておいで優真君。君が新しい世界でうまくやっていけるように天から祈っているとしよう」
女神が、そう告げると、俺の周りに鮮やかな赤で描かれた魔方陣が作られた。
転生するんだ、新しい世界に!
前の世界に未練はあるけど、どうしようもないのなら、せめて次の世界で楽しむとしよう。
「行ってきます女神様!」
女神は驚いた表情でこちらを一瞬見るが、すぐに小さな笑みをこぼして「行ってらっしゃい」と手を振って応えてくれた。
そして、再び、目の前が真っ白になるくらいの光が襲ってきた。