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「……ねぇ」
メイデンが声をかけると、ミナは不審を抱くような目でメイデンを見た。
「……まだ、神様を怨んでるの?」
そう聞かれた瞬間、ミナは俯いた。
そして、力無い声で、彼女は答えた。
「…………わかんない……だってもう……あんな怖いとこ行きたくない……ミナはただ……皆と暮らしてたいだけだもん……」
それは、心の底から怯えたような声だった。
地獄とは、眷族に永遠の苦しみを与える場所。それを眷族になったばかりの幼い少女が耐えられる筈がない。
「……私を助けたおじさんと一緒に戦わないともっと痛い場所に連れていかれるって……やだやだやだやだ!!! 私もう痛いのやだ!!!」
涙を流し、首を横に振って、彼女は心の叫びを体で表現した。
そんな彼女の姿を見て、メイデンは口を開いた。
「……なら、まだ間に合うよ?」
「…………え?」
メイデンがかけた言葉に、少女は驚いたような表情を見せて、首を振るのをやめた。
そして、メイデンが手を伸ばすと、少女は体をびくつかせる。
「……私のご主人様はね、優しい人だよ。特に子どもの言葉には親身になって耳を傾けてくれる。そんな変な人……だからきっと、貴女のことも助けてくれる……」
メイデンは怯えるミナに優しく微笑み、手を差し伸べた。
今までの自分だったら、きっと今回も彼女と本気でやり合うという選択肢を取ったことだろう。でも、彼が教えてくれた。
どんなに不可能なことであろうと、思いが伝われば、それは不可能ではなくなる。
(……だから今度は私が、私を助けてくれたあの人のように、この子を助ける)
それがかつて、感情も慈悲もないとまで言われた少女の出した答えだった。
メイデンの思いが彼女に通じたのか、ミナは憎しみと恐怖が入り交じったような目をやめ、メイデンに近付いていく。
「……本当? ……本当にミナ……怖いとこ行かなくてよくなるの?」
「私が護る」
その言葉には一切の偽りが無いのだと、ミナにはわかった。
地獄にいる多くの者は、悪意に満ち溢れていた。だが、メイデンからはそんな雰囲気を感じ取ることができなかった。
だから、ミナはメイデンの手を取ろうとした。
しかし次の瞬間、ミナに向けられていた手が勢いよく引っ込められ、轟音と共に橙色の明るい毛に包まれた巨大な足がミナの視界に映り込んだ。
「……やっぱり……そう簡単にはいかないか……」
素早く後ろに跳んだメイデンはそう呟きながら、一点を見つめていた。
それは巨大な4足の獣。1本の角を頭から生やし、鋭い目付きでメイデンのことを睨む毛深きモンスター。
Sランクモンスターに分類されるテンペストライガーがそこには居た。




