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再び鮮血が宙に舞うと、今度は痛みで呻く声が部屋に響いた。それは、キュロスの声ではなかった。
よろめきながら後ろに下がったバラドゥーマは赤く染まった拳を押さえていた。
しかし、キュロスの手には返り血しかついていなかった。
「なに!?」
何が起こったのかわからない表情を見せたバラドゥーマ。圧倒的に自分の方が勝っているという自覚があり、そんな自分がこうもあっさりと反撃を許すはずがないという自惚れ。
そんな隙を、キュロスに突かれたのだ。
「アイギスの楯に秘められた能力は『反射』。1度だけ、相手の攻撃力をそのまま返すことができる」
バラドゥーマはその説明に悔しそうな表情をキュロスに向けた。そんなバラドゥーマに対して、キュロスは攻撃の構えをとっていた。
「貴様が私をどう思おうと勝手だ。尊敬したいなら尊敬すればいいし、幻滅したいなら自由にしろ。だが、私の大切なものに手を出すことだけは許さん」
最後の言葉を合図に、キュロスの力が徐々に増していく。
それを見たバラドゥーマは、何故か笑みを見せた。
「大切なものって子どもを司る女神っていう幼女神のことか?」
その言葉に、キュロスの眉が微かに反応し、バラドゥーマは愉しそうな笑みを向けた。
「あの幼女神なら今頃、死神を喰らった奴が殺してるはずだぜ?」
その言葉にキュロスは激しい動揺を見せた。
声には出さなかったが、キュロスの溜めていたエネルギーは霧散した。
彼は身を持って知っているのだ。
下級神であろうと、その絶大なる力を喰らった者は王の領域に入った者でもそう簡単には勝てないということを。
そして、唯一の希望は本拠からかなり遠い場所にいることを。時間稼ぎが出来そうなハナとメイデンも会議に参加していた。
「……お嬢様……」
そう呟いたキュロスだったが、すぐに気付いた。バラドゥーマが再び高濃度のエネルギー砲を放とうとしているのだ。
「……おしまいだな」
そう言ったバラドゥーマがこちらに指を向けたことで、キュロスはすぐにアイギスの楯を自分の前に展開した。
しかし、バラドゥーマの狙いはキュロスではなかった。
バラドゥーマの高濃度エネルギー砲が向けられた先、そこにあるのは、まだ開花していない花だった。
そして、高濃度エネルギー砲は、容赦なくそこを襲った。




