55-18
エパルはその質問に答えるかどうか迷った。しかし、彼女の背中に再び痛みが走ったことで、彼女はうめき声を発しながら答えないという選択肢はないと知った。
「……し……質問の意図が理解できんの……神の為に力を振るうのは当然ではないか……」
「まるで狂信者だな。だが、やはり理解できない。例え主神であっても命を捧げなくてはならない道理はない。死んだらまた神のもとに行けるとでも思ってるのか? だったら現実を教えよう。死んだら待っているのは暗闇だ。光も声もなにもないそこで永遠のような時間を過ごし、そして、自分の存在を認識できなくなり、やがて存在は消滅する。私はそうなっていくのを神の下でずっと見てきた」
エパルにはその話が嘘のようには思えなかった。
元死神の眷族筆頭として見てきた世界を否定する気にはなれなかった。だが、それでも彼女の考えは変わらなかった。
「……妾だって別に死にたいなんて思ったことはない……ただ、妾はあの場所が好きなだけじゃ……女神様が……パルシアスが……皆のいるあの場所が好きなだけじゃ……だから、皆で生きていきたいと思っておる! 女神様は言った!! 皆は絶対に大丈夫じゃと!! 妾の心配することなど何も無いのじゃと!! だから、妾は大切な友人が護りたいと思っておるこの場所に専念するのじゃ!!」
「……あっそ……じゃあ死ねば」
何事もなかったかのようにすっと出たアルゼンの言葉通り、アルゼンは持っていた右手の剣を高々と振りかぶる。
「どうせなら、女神が死んだ時の絶望の表情を見せてもらいたかったけど、これ以上は作戦に影響が出ちゃうからね」
そう言いながらアルゼンは剣を振り下ろす。
◆ ◆ ◆
目の前で踏みつけにされているエパルの姿を見てもホムラは動けなかった。
彼女は眷族とはいえ、数日前まで人間であった。そんな彼女では、エパルとアルゼンの戦いにはついて行けなかった。
自分も戦えると思って【隠密】で隠れたが、今はその選択を後悔していた。
どうにかして動かないと、そう思っていても結局は見ていることしか出来ない。唯一の救いは、眷族になったことで【隠密】の制限時間が無くなっていたことくらいだろう。
(……体が震えて動けない……目の前で自分達を助けてくれた人が踏みつけにされている。それなのに……怖くて動けない。ここで動けばあの時みたいに殺される……私はもう……死にたくない……)
暗闇の中で流れる時間は、一瞬のようにも感じたし、100年の時間が経ったようにも感じた。
誰も居ないその空間は、とにかく寂しかった。
誰かの名前を呼んでも、返答は返ってこない。
やがて、名前を呼んでいくうちに、それが誰なのかわからなくなっていくような感覚に陥ってしまった。
そんな時、二人の知らない人が近くに現れた。
一人は白髪のお婆さんだった。
その人は、私をひたすら撫でてくれた。子ども扱いされてるみたいで最初は嫌だったけど、でも気持ちよかった。
きっと私にお祖母ちゃんが居たらこんな感じだったのかもしれない。
もう一人は、どこかシルヴィさんに面影が似ていた。
一瞬、自分は結局彼女を守れなかったのかと思ったが、その人は、シルヴィさんよりも大人っぽくて、すぐに別人だってわかった。その人は、私のことを強く抱きしめてくれた。
それはどこか懐かしい感覚で、とても気持ちよかった。
何処から現れたのかわからないけど、不思議と恐怖は感じなかった。それどころか、どこか暖かい気持ちになって、今思えば、自分を見失わなかったのは、あの二人のお陰だ。
生き返ったあの日、二人は光の粒子となって消えてしまいそうになっていた。
私はあの二人に、感謝の言葉を伝えたかったけど、声は出なかった。どんなに感謝の言葉を言いたくても、どんなに泣いても、私が声を発することは出来なかった。
そんな私に、二人は顔を見合わせ、私に笑顔だと思える表情を見せてこう言ってきた。
『ありがとう』
そう言って、二人は完全に消えた。
◆ ◆ ◆
目の前で泣き喚く少女の言葉。
自分よりも幼い見た目の少女の言葉を聞いた瞬間、先程まで怯えていたホムラの表情は変わっていた。
(私よりも幼い子どもにあんなこと言わせるなんてっ! 私は『救世の使徒』のリーダーなのに!)
目の前で剣が振り下ろされそうになっているのを見た瞬間、先程まで動けなかった筈の体が動いた。
(女の子に届く前に!!)
ホムラはアルゼンの首にナイフを振るおうとした瞬間、男が笑ったように見えた。
その瞬間、急にアルゼンの持つ剣が直角に軌道を変化した。その先にいたのは、当然ホムラだった。
彼女はその剣を手に持っていたナイフで受け止める。しかし、そのナイフはアルゼンの一振りに耐えきれず、あっさりと砕けちってしまう。また、ホムラも呆気なく吹き飛ばされた。
「ようやく釣れた」
アルゼンはそう言うと、もはや魔法も特殊能力も使うことが出来ないほどの大怪我をしているエパルを放置して、赤髪少女の処理に向かった。
◆ ◆ ◆
アルゼンはチャイル皇国でとある神器を奪う為に、執事として潜入していた。
そこで見つけた一人の少女は、仲間の話だと見えなくなる面倒な特殊能力を持っていたという。
そもそも、あれで時間稼ぎされなきゃ、パルシアスが来る前に全部終わらせられてた。という言い訳も、ここに来てあながち間違いじゃなかったのだとわかった。
微かに感じる気配。
それを認識出来ないのは、かなり厄介だった。
だからこそ、エパルを倒したこの時点で、アルゼンはその少女に攻撃を仕掛けさせるべく動いた。




