55-14
「【死神の手】」
その言葉と共に、アルゼンは手を下ろす。
その直後、エパルの目の前で恐ろしいことが起こった。
空間を把握する彼女の目にははっきりと映ったのだ。
部屋という空間をすり抜ける巨大な骸骨にではない。
足下に蠢く無数の黒い手が、彼女の足下にまで出現したのだ。
「~~~ッッ!!?」
床に群がる無数の手はアルゼンの取った動きに合わせて、刃を握り潰していく。
そのおぞましい光景に、エパルは言い知れぬ恐怖を覚えた。
彼女が命令を忘れてしまう程驚愕してしまう間、彼女は隙だらけだったはずだ。だが、アルゼンは彼女に攻撃する素振りは見せなかった。
アルゼンは落ちてきた双剣を鞘に収め、顔を真っ青にしているエパルに声をかけた。
「予想以上に厄介なお方ですね……さすがはカイザルク君からNo.2の座を奪っただけのことはあります」
いきなり話しかけてきたアルゼンは動きを止めた。それを不審に思いつつも、エパルは敢えてそれに乗っかった。
彼女は、時間を稼げさえすればどうにかなると信じていたからだ。
「ですが、その選択は果たして正しいのでしょうか?」
「……何が言いたいのじゃ?」
そう聞くと、アルゼンは楽しそうにニヤリと笑う。
「貴女が今こうしている間に、我が友の手によって貴女方の本拠、そしてそこに住まう時空神様が危機に晒されているのですよ! ……行かなくてよろしいのですか?」
その質問に、エパルは悔しそうに歯噛みした。
本拠が攻められている。そんなことはこいつが来た時点でわかっていた。だからこそ、最初の攻撃に対応出来なかったのだ。
パルシアスがいない今、自分が居るかいないかの違いは、戦局を大きく左右する。それでも、彼女はここを離れるつもりが無かった。
「せっかくカイザルク君も貴女を殺る気満々だったのですがね……」
「黙るのじゃ!」
顔を伏せている彼女の言葉に、アルゼンは顔をしかめる。
「パルシアスと最後に約束したのじゃ。あやつとユウマが居ない時にユウマの仲間達が危険に曝された時は、エパルがユウマの仲間を守ってくれって妾にそう言ったのじゃ!!」
彼女は顔を上げてアルゼン相手に語気を強くする。
その目からは涙がポタポタと溢れていた。
「じゃから妾は、妾の仲間を信じる! 妾が信頼を寄せるあの者達なら、絶対に耐えてくれると信じておるのじゃ!」
そう言った彼女の目には既に、迷いは無かった。




