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(いつの間にか、こんなに逞しくなってたんだね……)
優真の背中に体を寄せる彼女は、そんなことを思った。しかし、彼女は一人だった頃の名残で、つい口に出してしまっていた。
「ん? なんか言ったか?」
微かな声だったお陰で、内容までは優真にも聞こえなかったらしい。だが、彼女はそれを隠さなかった。
「おっきな背中だな~って思っただけさ」
「おっきいって……別に太ってないと思うんだが……」
真面目な顔でそんなことを言ってくる優真に、少女は顔をほころばせた。
「別に太ったなんて言ってないさ。初めて会った頃の君は、なんとも頼りない背中をしていた。本当に君を眷族にするかどうか迷っていた。だけど、嬉しいことに私の予想は外れた。ミストヘルトータスとの戦いでの君を見て、私は武者震いが止まらなかった!! 君の可能性が、どれ程のものか見てみたくなった。だから、君がキュロスを倒した時、私は柄にもなく、涙を流してしまったよ……」
楽しそうに小さく笑う女神につられて、優真も笑みをこぼした。
「まぁ、あの頃に比べたら俺も自分が強くなったって自覚はあるよ。俺はただ、保育士になりたかっただけなのにな……」
「そうだね。君をこんな戦いに巻き込んだのは私だ。今更言い訳をするつもりも無い。君を私利私欲の為にいっぱい傷つけて、君の父親との約束も破った。私は君にいっぱい酷いことをした……」
「……ったく、今更すぎるだろ……」
「……ごめん……」
女神はそう言うと、優真の衣服をぎゅっと握った。
「謝られたって、俺は許す気なんて毛頭無いよ……だってさ、今更過去に遡れる訳じゃないからね」
その言葉を聞いた瞬間、女神は無言になっていた。その表情は自責と後悔の念に押し潰されそうになっていた。
「でもさ、不思議なことに俺ってそんなに女神様を恨んでる訳じゃないんだよね……むしろ、どっちかというと感謝しているくらい?」
「……え?」
女神の驚いたような声に、優真は再び笑みをこぼした。
「だってさ、父さんの手紙を先に読ませられたらさ、俺ってこっちの世界に来てなかったかもしれないだろ? そしたら、万里華や父さんと再会することなんて出来なかったし、皆と出会うこともなかった……要するに俺は、皆と引き合わせてくれた女神様に感謝してるんだよ。だからさ、女神様。俺をこの世界に連れてきてくれて、ありがとね」
その言葉は、優真の本心だった。
彼女を背負ったまま、前を向いていた彼は、自分の背中に水滴が落ちるのを感じとった。
「私の方こそ、眷族になってくれてありがとう、優真君。君が……私の眷族で本当に良かった」
顔だけを振り向かせた優真は、顔を反らして左手の人差し指で頬をかきながら、誰にも聞こえないような声で呟いた。
「俺もだよ」
その声は、彼女の耳に届くことはなかった。だがおそらく、言わずとも感じとることは出来たのだろう。
何故なら彼女は、本拠に帰るまでの間ずっと、満面の笑みを見せていたのだから。




