53-14
俺はホムラを連れて、下に降りていた。
他には誰も連れず、二人っきりとなったのには理由がある。
ホムラにこの保育園を見せたかったからだ。
思い出のつまった場所、俺が保育士を目指すきっかけとなった場所、ここを彼女にも見てもらいたかった。
「……良かったのか? 皆は置いてきて……」
「まぁ、ホムラと二人になりたかったからな……」
不安そうに聞いてくる彼女に、俺はそう答えた。
色々と悩むことはあった。でも、憂いはしっかりと絶っておきたかった。
部屋を一通り紹介していると、ホムラのテンションはすぐにいつも通りになっていた。
楽しそうに、自分の知らないものを教えてとねだる。
その姿はまるで何も知らない子どものようだった。
そして、部屋の探索を終え、俺達は外に出た。
外には建物の中とは思えない程の満天の星空が広がっていた。明かりも点いていないというのに、それを必要と感じない程の綺麗な月が、俺達を見守っている。
見たことのない遊具にテンションが一段階上がったホムラの方に、俺は体を向けた。
「まずはもう一度言わせてくれ。おかえり、ホムラ」
優真から漂うただならぬ雰囲気に、ホムラはなにかを察し、彼に向かって笑顔でただいまと伝えた。
その姿を見た優真もまた、彼女に気恥ずかしそうに笑みを向ける。
「この場所は俺にとっての思い出の場所……すごく大切な場所を女神様が再現してくれた場所なんだ。一部女神様に侵略されてはいるけど、それでもここが大切な場所であることに代わりはない」
「そっか、良い場所だな、ここは」
「ありがとう。……だから、この場所を血で染める訳にはいかない。例え相手がどこの誰であろうと、こことここにいる皆は何があろうと絶対に守ってみせる。今度こそ、お前も守るよ」
優真の真剣な眼差しに射ぬかれ、ホムラは唾を飲む。
「……だからーー」
「待った!!」
次に紡がれるであろう言葉を優真が言う前に、目の前にいるホムラが声を張り上げ、その言葉を止めた。
その時見せた彼女の表情からは、少しの怒りと後悔の念が伺えた。
「その言葉は私から言わせてくれ!」
「……?」
ホムラの予想外な行動に呆けた表情を見せる優真。そんな彼に対し、ホムラは頬を真っ赤にして口を開く。
「ダンナ!! 私はダンナが好きだ! 死ぬ間際に言ったあの言葉を今更訂正する気なんてないし、心変わりもしちゃいない! ……でも、私はダンナのお荷物なんかになりたくねぇ!」
その言葉に、優真は目を見開いて言葉を発せない様子だった。そんな優真を見て、ホムラは一歩踏み込む。
「ダンナは今……すごく色々なことを悩んでるんだよな……だから、私との件をさっさと終わらせたい……違うか?」
「……ん? 何言ってるーー」
「いいんだ! 私が邪魔なのはわかってる! ダンナにとって私が邪魔な存在なのはわかってるんだ!! 私があの時ちゃんと死んでいればダンナだって私にとらわれずにーー」
「それは違うぞ!!」
その違うという言葉で、涙を流していたホムラの顔が優真に向けられる。
「俺はホムラのことをお荷物だとも邪魔者だとも思ったことは一度たりともない! ホムラが居てくれたから皆と仲直りできたし、ホムラが命懸けで守ってくれたから、俺は俺でいられた。ホムラには本当に感謝してるんだ」
そして優真は、次になんて言えばいいのかわからなくなった。
言葉で言い表せない程の感謝とか、自分の気持ちとか、色々と言いたいことはあるが、それらを口にするのがここまで難しいとは思ってもみなかった。
そんな優真が上を向いた。そこにあるものを見て、口元をにやけさせる。
優真が右の人差し指を上に向けた。
ホムラはその指の先を見る。そこには満天の星空が広がっていた。
「見ろよホムラ。……今日は月が綺麗だな」
その唐突な言葉に、ホムラは訳がわからないのだろう。唯一その言葉を理解した万里華は、植木の陰で口元を手で覆い隠しながら楽しそうに悶えている。
「えっ……ああ……そうだな、綺麗な月だ……こんな月、初めて見た……」
「そりゃそうだ。俺の居た世界で見えた月だからな……今日が満月で本当に良かった……」
そう言うと、優真はその真剣な目をホムラに向けた。
「ホムラ……お前には言葉で言い表せないくらい感謝してる……だからこそ、俺はお前を生き返らせたいって心の底からそう思えた。お荷物とか邪魔者だとかお前は自分をそう言うが、そんな奴を俺が生き返らせる訳ないだろ」
優真の言葉を聞いた瞬間、ホムラの目から再び涙が流れ始めた。
「…………わ……私は……ここに居ていいのか? ……ダンナ達と一緒に……ここに居て……本当にいいのか?」
「ああ、好きなだけ俺の傍に居ろ」
優真がそう言った瞬間、ホムラは優真に抱きつき、彼の胸で泣き続けた。




