10-1
曇天の空に負けないくらいの黒い煙を噴き出す巨大な蒸気船。
その入り口につながる通路で抱き合う二人の少女。
白いワンピースに麦わら帽子というお揃いの格好をしている二人の傍には黒い髪というここらでは珍しい髪の青年が立っていた。
別れの時刻は刻一刻と迫ってくる。それでもシェスカとファルナは目から涙を流し、誰に遠慮するでもなく、大きな声で泣き続ける。
とても出会って二日目とは思えない。
同じように船へと続く通路をわたる人達がこちらを見てくる。
時にはもらい泣きしている人もいたが、少女達の邪魔をする者は誰一人としていなかった。
しかし、汽笛の音が耳に届き、そばにいたシェスカの頭を撫でて「もう時間だ」と告げた。
「ばいばい、お兄さん、シェスカ! 絶対また会おうね!」
白いワンピースを着た少女は、麦わら帽子の下から満面の笑みで言ってきた。
シェスカは、泣くのを我慢しながら何度も頷く。
「いつか南大陸には行ってみたいと思ってるから、その時は案内をよろしく頼む」
「! うん、いつでもいい! 待ってる!!」
その言葉を皮切りに俺とシェスカが通路を下に向かっていく。
船の入り口から手を振るファルナにシェスカは、俺に抱き抱えられながらずっと手を振り続けた。
◆ ◆ ◆
少女の乗った船は南の大陸へと行ってしまった。
シェスカはずっと、俺の足にしがみついて泣き続けていた。
見送っていた人達も俺達二人以外は帰ってしまっており、この場には二人だけになっていた。
「……行ってしまったな」
「…………」
「……皆のところに帰るか?」
「…………うん」
俺は歩こうとしないシェスカを背負い帰路に就いた。
道中の森は、モンスター達の巣窟だ。
縄張りに入れば、俺達という侵入者に向かって突撃してくる。それは、モンスターの習性でもあったはずだ。それなのに、一匹も襲いかかってこなかった。
疑問に思いながら進んでいると、特徴的な匂いが鼻を刺激した。
「……これって、お香の匂いだよな?」
「シェスカこの匂いきら~い」
鼻をおさえながら俺の疑問に答えてくれるシェスカ。確かに俺もあんまり好きな匂いじゃない。
むしろ、この匂いが好きな人の方が珍しいんじゃないだろうか。なぜならこの匂いはモンスターを近寄らせないためのものだからだ。
人間は嫌悪感を示すだけだが、人間よりも鼻が利くモンスターには耐えられない刺激臭だ。と前にハルマハラさんから教えてもらったことがある。
だが、これは相当高価なものだったはずだ。
「……早く帰ろう」
嫌な予感がした俺は帰る足を速めた。




