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その空間は異様な雰囲気を漂わせていた。
壁は紅く彩られ、床にはかつて生物だったものがいくつも散らばっている。
そんな静かな空間に荒い吐息が響く。
吐息の主は、金色の長髪に赤い斑点が付着し、それとは比にならない程の赤い液体が四肢や胴体に見られた。
そして、彼女の目が向いている先には、血で染まったかのような真っ赤な短髪の男が佇んでいた。
吐息の主、ユウキは彼に問う。
「ど……どうして……」
しかし、その答えを彼女が聞くことはない。
彼女の体に無数の亀裂が何の前触れもなく現れ、彼女の表情を真っ青に染め上げる。
そして、彼女の体に向けていた左手を男が握る。その瞬間、彼女の体は肉片となって紅い液体や臓物と共に赤い床に落ちた。
彼女の目だった部分には、赤ではない雫が流れていた。
◆ ◆ ◆
バラドゥーマは死した者達の前で手を合わせる。
その目からは一筋の涙を流していた。
そんな彼の背後からズシン、ズシンと誰かが近付いてくるような足音が聞こえてきた。
「……育て方を間違えたか?」
怒りと悲しみをはらんだ低くとおる声。それを背中越しに聞きながら、バラドゥーマは立ち上がる。
振り向けば、そこには目的の存在が立っていた。
2メートルを優に越える身長に、隆起した筋肉。右肩から腰の辺りまで纏った白い布は神の証。威厳ある髭と堀の深い顔立ち、小麦色の肌に真っ赤に燃える炎のような赤い髪の男性。
彼こそが、創造神、時空神に並ぶ創世神の一角、破壊を司る男神であった。
破壊神は目の前に広がる惨状に歯噛みしながら、バラドゥーマに威圧的な視線を向ける。
しかし、バラドゥーマはそれに怯まない。
「いったいどういうつもりなのだ? 我が眷族、並びに天使達を屠った理由……死ぬ前に聞かせてもらおうじゃないか」
バラドゥーマは深い息を吐く。そして、脂汗が周りの脂汗とまとまり、彼の額から流れ落ちる。
「俺の意思を聞いた瞬間、彼女達は俺に剣を向けてきた。どんな理由があろうと、俺は剣を向けてきた相手に慈悲は与えない。……あんたと違ってな」
その言葉に、破壊神の表情がくもり、吐き捨てるように呟く。
「バカな真似を……」
「欲深き人間を眷族筆頭に据えるあんた程じゃないさ!」
その言葉を合図に、彼らは強烈な覇気を纏い、戦闘態勢に移った。
始めに動いたのはバラドゥーマだった。
常人であれば目にも止まらぬスピードで床を蹴った彼は、渾身の突きを破壊神の顔目掛けて放つ。しかし、それを神は容易く片手で受け止め、バラドゥーマの体を真っ二つにしかねない一撃を手刀で繰り出す。
神とその眷族の間に絶対的な力の差があるのだと言わんばかりの一撃。その不可避の攻撃は、バラドゥーマに触れる直前で止まった。
破壊神の手刀は、空間にできたひびによって防がれた。
そして、バラドゥーマは受け止められた手を支えに左足で破壊神の右側頭部を蹴る。
まともに入れば、首と胴体が離ればなれになるであろう一撃。しかし、破壊神の表情には苦痛に歪むことはない。彼はバラドゥーマの渾身の一撃を首に受けてなお、毛ほどのダメージも受けてはいなかった。
「気がすんだか、バカ息子?」
その言葉をバラドゥーマに伝えた瞬間、破壊神はバラドゥーマの右手を壁に向かって投げつけた。それにより、バラドゥーマの体はボールのように軽々と投げられ、その身を壁に叩きつけられた。




