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「……やっぱりどこかで見たことがある気がするんだけどな~」
パルシアスは少しの間、その顔をまじまじと見る。炎帝と呼ばれる眷族が人間達の住む地上で人気なのは彼も知っている。だが、直接顔を見たのは今日が初めてだ。にもかかわらず、彼の顔はどこかで見たことがあるように思えた。
「まっ、勝ってから調べればいっか」
そう言うと、パルシアスは力をため、炎帝の顔面を狙って右拳を振るった。
しかし、パルシアスの拳は、手応えを感じることなく、空をきった。
「……はぁ!?」
先程までそこで時間停止していた筈の炎帝が、揺らめく炎のようになったことで、パルシアスの表情に明らかな動揺が見えた。
(……これってメルちゃん相手に使ってた……確か【陽炎】とかいう炎帝の特殊能力……)
すぐにその答えにいきつくパルシアスではあったが、空振りを無かったことには出来ず、少しだけよろめいてしまう。
すぐに態勢を立て直したパルシアスは、炎帝の姿を探し始めた。
「くそっ……面倒そうな特殊能力だな。直接見ても本物にしか見えないし…………ちょっと待て! 時間停止中に特殊能力なんて使える訳がーー」
「その通りだ」
パルシアスの背後に現れた存在によって、パルシアスの側頭部は蹴られ、その体を結界に叩きつけられる。
時間停止中ということもあいまって、完全に無警戒だったパルシアスは抵抗すら許されずに受けてしまう。
しかし、いくら身体能力に特化していないとはいえ、創世神の眷族筆頭がこの程度でやられる程やわな訳ではない。
全身、特に左側頭部に受けた五感機能が麻痺する程の痛み。普通の眷族であればとっくにリタイアしてもおかしくない傷を受けてもなお、彼は立ち上がる。
そして、彼の体から白銀色のオーラが迸ると、その身に負っていた筈の傷が綺麗に消え、衣服の焦げ痕や、ボロボロになった痕も、全てが元通りになった。
全ての攻撃が一瞬で無駄になる時を戻す能力、ありとあらゆるものを止める時間停止能力、確定的な未来を100年先まで見通す未来予知の上位互換とも言える能力、それらを自由自在に操るパルシアスの特殊能力、その名を【時間之王】。
身体能力はバラドゥーマよりも圧倒的に低いパルシアスが、バラドゥーマよりも評価されている理由は、その特殊能力があってこそ。身体能力の差を補って余りあるその力こそが、パルシアスをファミルアーテ不動の2位という地位に固定させていた。
そして、今回も例外なくその効果を発揮した。にもかかわらず、炎帝の表情には焦りも困惑も無かった。




