52-5
興奮冷めやらぬ中、パルシアスは一点を見つめていた。
エパルを襲ったカイザルクは既に地獄へ送られたというのに、パルシアスの表情は晴れず、その視線を一点に固定していた。
その姿に不審を抱くエパルだったが、すぐに気付く。先程まで感じることの無かった異様なオーラ。それが相手側の控え室から漂ってくる。
異質なオーラ。こんな悪寒を感じるオーラは、長年生きてきたパルシアスであっても、未知のもの。
そのオーラが徐々に近付いてくる。
パルシアスの額から脂汗が浮かび、顔が強張る。
そして、全員の視界に一人の人物が映る。
黒い髪の中に目立つ一房の赤い髪。目は右が黒に左が赤のオッドアイ。
壮年の男性で、エパルはその顔を初めて見た筈なのに、どこかで見たことがあるかのような印象を受けた。
炎帝が現れた瞬間、会場中が静寂に包まれた。
キュロスの敗北に騒ぐ者、死神の元眷族筆頭の存在に騒ぐ者、反則行為を責め立てる者、それらは例外なく、黙る。
その異様な雰囲気が全員を黙らせる。
そんな中で、炎帝が言葉を発する為に口を開いた。
「始めよう」
たった一言そう言うと、パルシアスはハッと気付いた。この状況がしくまれたものであるということに。
鐘の音がもうじき鳴る。対戦相手同士がフィールドにいるという状況が完成したからだ。
もし、ここで退いても、結界の構築は既に始まっている為、中に入れなくなる。準準決勝第一回戦の時とは違って中に入ることは許されない。
だからこそ、パルシアスは動けなくなっていたエパルに対してテレポートを発動し、彼女をこの場から追い出した。
エパルは結界と通路の間に現れた。
そんな彼女の視界に、結界で閉じ込められたパルシアスの姿と炎の男神の眷族、炎帝が映る。
「……いったいどうなっとるんじゃ?」
「うまく釣られましたね」
状況がいまいち理解出来ていないエパル。その背後に現れたのは、時と空間を司る女神だった。
「め……女神様? 釣られたってどういう……」
見上げるエパルに、女神は微笑む。
「貴女を襲わせることで、パルシアスをこの場に引きずりだしたということでしょう。この結界が張られてはパルシアス以外には入れない。また、パルシアスも外には出られない。要するに先程の茶番は強制的にパルシアスを大将戦へ出す為の行為。……なぜパルシアスだったのかは不明ですが、少なくとも無計画では無いのでしょう」
女神の言葉を聞き、エパルは自分が利用された事実に憤慨するが、それでもまだ疑問があった。
パルシアスを釣る。
確かに相手からすればパルシアスが出ないかもしれないからやったのだろうが、少なくとも時空神の下で眷族として動いていたカイザルクならば、パルシアスがこの試合に出る確率が非常に高いことくらいは知っていただろう。
そんな彼が出ないかもしれないというだけで、神ですら嫌悪する地獄という場所に行くのだろうか?
その違和感が拭えないエパルは、嫌な予感がしてならなかった。




