51-33
キュロスはふと目を覚ました。
そして、ゆっくりと体を起こす。
何が起こったのかを理解するのに、そう時間はかからなかった。
自分は負けた。
多くの期待を一身に背負っておきながら、敗北した。
でも、どこか清々しかった。
「……ようやくお目覚めかい?」
後ろから声がかけられ、キュロスは振り向いた。
「お嬢……様?」
そこに居たのはエメラルドグリーンの髪を長く伸ばしている少女だった。
彼女は何故か、多くの女性に囲まれている自分の眷族の元にではなく、敵対していたはずのキュロスの近くにしゃがんでいた。
「どうだい? 私の眷族は強かっただろう?」
自慢気に笑う彼女を見ていると、キュロスはどこか懐かしい感じがした。
そして、仏頂面ばかり見せていたキュロスは表情に微かな笑みを見せながら、少女の質問に答えた。
「ええ、彼は強かったです。……彼は私に無いものを持っていました。だから、私は勝てなかったのでしょう」
負けて悔しい筈なのに、不思議と自分の敗北に納得がいった。
相手を倒すことを躊躇っていた自分と、迷いなく己の意思を示した彼。戦い続けた年月も、地力の差も歴然でありながら、彼は主神との絆で、自分を越えてみせた。
完敗だ。心の底からそう思えた。
「……一つ……」
キュロスがふと呟いた言葉に、子どもを司る女神が首を傾げた。
「一つだけ、貴女にどうしても言いたいことがありました」
そう言いながら、キュロスは立ち上がり、その大きな体格で少女を見下ろした。
そして、皆が見守るなか、彼女に深々と頭を下げた。
「控え室でのこと……本当に申し訳ございませんでした。手をあげるつもりはなかったのですが……気付いたら、貴女を叩こうとしていた。彼が貴女を守ってくれていなければ、きっと私は貴女を傷つけていた。……謝って許されることではありませんが、それでも、私にはこれしか出来なくてーー」
「いいよ、別に」
その言葉が子どもを司る女神の口から放たれた瞬間、キュロスは続きの言葉が発せなくなるほどの衝撃を受けた。
驚いたような表情で彼女を見れば、子どもを司る女神は本気で気にしていない様子だった。
「しかし……私は取り返しのつかないことを……」
頭をあげたキュロスの言葉に、女神はゆっくりと首を横に振った。
「いいんだよ、別に。その件に関しては優真君が勝手に手打ちにしちゃったからね。それよりも、こっちこそごめんね。優真君が不意打ちしちゃって」
「いえ、それこそ私に非があるのですから気にしないでください。むしろ、彼には感謝しているのです。ああして、こちらの反則を見過ごしてくれたお陰で、私は全力で彼と戦えた。彼には本当に感謝しているんです」
そう言いながら、キュロスの目は担架で運ばれていく優真の姿を見ていた。
そんなキュロスの姿を見て、子どもを司る女神は頬を少し赤らめながら俯いた。
「で……でも、私だって怖かったんだし、一つくらい私の言うことを聞いてくれたって……ばちは当たらないと思うんだよ?」
その微かに小さくなっていく言葉に、キュロスは彼女の方を見る。しかし、キュロスの目からでは、女神の表情はよく見えなかった。
彼女の真意はわからないが、それでも、キュロスは彼女を怖がらせた自覚があった。
「そうですね。私に出来ることがあれば、なんなりと」
キュロスがそう言うと、女神は少しだけ顔を綻ばせた。
「じゃあさ、色々知らない優真君を気遣ってくれると嬉しいな」
「御安いごようです」
「そ……それから……」
一つと言ったにもかかわらず、女神はもう一つ要求しようとしていた。しかし、キュロスに異論はなかった。
そして、子どもを司る女神は両手の指先をくっつけながら、恥ずかしそうに、訊いた。
「また前みたいに……本を読んでくれないかな?」
その言葉を聞いた瞬間、キュロスは何も答えられなくなった。
そして、少しの間を要したキュロスが口を開く。
「……よろしいのですか?」
「…………うん……だってまだ、約束果たしてもらってないし……」
その言葉に、1滴の涙が地面に落ちた。
見れば、キュロスが口を開いて驚いた表情のまま、涙を1滴、また1滴と流していた。
そして、彼は子どもを司る女神に向かって片膝をついて、頭を垂れた。
「必ず……必ず果たしてみせます!」
その力強い言葉に、少女は心の底から嬉しそうな微笑みを見せながら、こう言った。
「待ってるからね」と。
これにてこの章は終了となります。
そして、次章は時空神チーム対炎の神チームの準決勝になります。




