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時刻は9時5分前、もうそろそろ準決勝が開始されるであろうこのタイミングで、優真達がいる控え室に何者かが近付くような足音が通路の方から響いてくる。
既に来る予定の全員が揃っている為、優真の頭に疑問符が浮かぶ。
優真が気付いたことで、全員の視線がそちらへと誘導させられる。そして、一つの人影がそこに浮かび上がる。
金色の髪を短く揃えた強者の雰囲気を醸し出している男性。その鋭く光る眼光に睨まれれば、たちまち萎縮してしまいそうになる。
この場において、一番居てはならない存在。
創造を司る男神の眷族筆頭、『神に最も近き男』と言われた男、キュロスがそこに立っていた。
対戦相手の控え室に来るという非常識な行動をしておきながら、その男は堂々としていた。
その態度はまるで、自分の行動は全て正しいと思っていそうなほどふてぶてしく、彼は室内を見渡した後、目的の相手の方へと歩き始めた。
それは、子どもを司る女神の眼前だった。
目で追えるゆっくりとした速度であったにも関わらず、誰も彼に声をかけることが出来ない。それは優真も例外ではない。
キュロスは幼き女神を見下ろす。
「もう充分だろ?」
そう言って、キュロスは子どもを司る女神の腕を掴む。
その唐突な行動に対して、子どもを司る女神は手を振り払おうとするが、その力に抗うことは出来ない。
「離してくれ!」
「いい加減にしろ! お前の我が儘で彼らを殺すのか!」
その言葉を聞いた瞬間、子どもを司る女神は衝撃を受けたような顔になり、悔しそうに歯噛みすると、腕を乱暴に振り払った。しかし、その腕が力を緩めていたキュロスに当たる。
その瞬間、子どもを司る女神の顔が青くなっていき、キュロスの顔を恐る恐る見始めた。
彼女の予想通り、キュロスは怒りを覚えていた。
それはまるで、自分の思い通りにならない子どもに腹を立てているような印象を見る人に抱かせた。
そして、光速を越えた速さの一撃が、子どもを司る女神を襲う。
「……女神様!?」
見ていることしか出来なかった万里華が慌てて声を上げるも、そこに彼女の姿はなかった。
いや、正確には子どもを司る女神を覆うようにして庇っていた男のせいで、彼女の姿を認識出来なかったのだ。
「……ほう……先程まで動けなかった腰抜けの癖によく反応出来たな……それどころか主神を庇ってみせるとは……少し見直したぞ」
目の前の気を失った男の姿を見て、キュロスは少し楽しそうに言い放つ。
「まぁいい……そいつもそこで気絶しておいた方が身の為だろう……子どもを司る女神よ……一応、忠告はしておいたぞ……」
そう言って、キュロスは来た道を戻っていった。




