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「いい度胸じゃねぇかよ。この国に住んでるってんなら、俺様の名前くらい知ってんじゃねぇか? グレムリー様の名くらいな!」
「いや、聞き覚えないわ」
みるみるうちに顔を真っ赤に染める眼帯の男は、奇声を上げながら、持っていた鞭で大振りの攻撃を仕掛けてくる。
(こんな隙だらけなのに、そんな有名なのだろうか?)
…………まぁ、隙があろうが、なかろうが、俺の前では等しく無防備でしかないんだけどね。
止まった男たちを見ながら、殺さないで血なんて物騒なものを見せずに無力化するための方法を模索した。
峰打ちだし威力は半減するだろうが、一番当てはまる技を用いるとしよう。
「十華剣式、伍の型、白桜の舞い」
優真がそう言った瞬間、時が動きだす。
攻撃はしていない。
優真は攻撃権を譲渡した。これにより、相手が動く結果になるが、それで構わない。
せっかくの実戦でこの技を使うことができるのだから。
相手の攻撃が届く直前で放たれる刀による攻撃。
その攻撃が、勢いよく飛び込んできていた眼帯をした男の意識を刈り取る。
優真はその場から動きはしたが、必要最低限の動きで相手を倒してみせた。
「……いくよ」
眼帯の男が倒れたのを一瞥した優真がそう呟くと、優真の姿はそこから消えた。
目にも止まらぬ速さ。それを視認出来たのは、神獣族の少女だけだった。
倒れた男を見て怯え始めた男たちの間をするりと抜け、その間に一太刀叩き込んでいく。
戦いにおいて技術は大切だ。そして、その技術を支えるのは足腰や体幹だと優真はハルマハラから教わっていた。
この半年間で優真は、その剣技だけでなく、足腰のトレーニングを重点的に行ってきた。
そうして会得した技術や足腰は確かに優真を強くしていた。
「……儚く……散れ」
いつの間にか男たちの後ろに立っていた優真が放ったその言葉を合図に、男たちは全員倒れてしまった。
◆ ◆ ◆
「……ここはどこ?」
「今日止まる宿だよ?」
二つのベッドがある部屋を見て目を爛々と輝かせるフードを被った猫耳少女の問いに、シェスカがそう答えた。
「……あ~、ちょっと違うかな~。ここはハルマハラさんの家で誰もいないから、ご飯も掃除も風呂の準備も全部自分たちでやるんだよね。……といってもやるのは俺一人なんだけどね」
これだから泊まりは嫌だったんだ。もしもの時は使いなさいってここの鍵渡されたけどさ。……あんだけ動いた後だとさすがにだるくなるよな。
俺の能力【ブースト】は発動条件が厳しいせいか、使用率も当然少ない。遠足の護衛役についていくことで使う機会があるけど、それでも未だにこの疲労には慣れない。
この能力には、全身に重りでも乗っけられてるんじゃないのか、と疑いたくなる副作用がある。
数時間で治るが、その間は本当に何もしたくなくなってしまう。
それでもこの能力は強い。それは自分が強くなればなるほど実感する。この能力が強化されている気がする。……だからといって、能力に頼り過ぎるのもよくないってのはわかってる。
…………あ、やべ。買い物したの焼き鳥屋の前に置き忘れた。
「悪いけど、二人とも先にお風呂に入っといてくれ。俺もう一回外出てくる」
シェスカの、行ってらっしゃ~い、という声を背中で聞きながら、優真は再び外に出た。




