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「最後にこれ……うちの女神様から預かってたんです。貴女に会いに行くのならついでに持っていってくれって……」
そう言った優真は、懐から未開封の書物をテーブルに置いた。
「新刊らしいです。貴女が一番気に入っていたメイド騎士シリーズの……」
そこまで言うと、優真は鉄の女神に向けて、深々と頭を下げる。そして、こちらを見ようともしない鉄の女神を一瞥し、部屋を去った。
◆ ◆ ◆
優真が部屋から去り、その数分後にカリュアドスが扉越しに彼が帰ったことを伝えてきた。
そして、鉄の女神は彼が置いていった書物を手に取り、いつものように封を開けて、中を見た。
そして、開いた本の中から1枚のカードが落ちてきた。
鉄の女神は、特典か何かだと思い、それを手に取る。
そして、それを見た瞬間、彼女の目から雫が頬を伝った。
そのメッセージカードには、たった一言こう書かれていた。
『今まで私を支えてくれてありがとうございました』
それは、間違いなくメイデンの文字だった。
「……こーちゃんめ……粋なことしやがって……」
そう呟く彼女の目から、溢れるように涙が流れてきた。
それを見ていると、初めて会ったあの日のことを思い出してしまった。
そう……自分の眷族になりたいかどうか聞いたあの日のことを。
もうこれ以上生きたくない。死にたいと嘆く彼女の姿は嘆かわしいものだった。
せっかく類いまれなる剣の才能を持っているというのに、周りの環境に精神を病んでしまった少女。
鉄を司ることしかできない自分には、どうすることもできない。だが、彼女が望む存在になることは出来た。
『絶対に自分を裏切らない存在』
いつか彼女が自らそう思えるような存在に巡り会えるその日まで、私がこの憐れな少女の母親代わりになろうと決めた。
その日から色んなことをした。
文字の読み書きが出来ない彼女の為に、文字を教えた。
初めて出会ったあの日を誕生日にして、毎年、笑うことが出来なくなった彼女を祝った。
可愛い服を着せて遊んだこともあった。
辛い任を背負わせた分だけ、彼女に楽しいことを教えた。
でも、それももう終わり。
長い歳月の中で幾度と経験してきた別れ。何度経験しても、まったく慣れる気がしない。
こうなることはわかっていた。それをわかっていて、自分はあの子を彼の元に送った。
もう二度と会えない訳じゃない。
でも、それじゃいけない。自分に縛られた状態では、あの子がちゃんとした幸せを送ることは出来ない。
だから……最後に突き放せるように、色々と頑張ったのに……
「なのにっ……こんなの……こんなの……っ!!」
彼女は大声で泣き出す。誰に遠慮するでもなく、泣き続ける。
「ごめん……ごめんよ……メイデンちゃん!! 最後にあんな突き放すようなことしか出来ない女神が君の主神で情けなく思ってるかもしれない。……きっと私の言葉が君に届くことはないんだ。でも、最後に言わせてくれ……私は君が私の眷族でいてくれたことを嬉しく思う……本当に……ありがとう……」
彼女の嘆きは、本来であれば壁や扉でも阻むことはできない程の大声だった。
しかし、その嘆きが外に漏れることはない。
扉に背を預けたまま立ち続ける執事服の男の特殊能力によって、彼女の威厳は今日もまた、守られるのであった。




