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「……なんでこんなことしたんですか……」
倒れた優真の傍で涙を流す万里華は女神に問う。
しかし、膝と手を床に着け、滴り落ちる涙を拭うことすらしない万里華に対して、女神は冷ややかな視線を向けるだけで黙ったままだ。
「……どうせ消えるなら……私はこのまま……優真に好かれていると思ったまま……消えたかったのに……なんで……?」
顔をこちらに向けず、優真に向け続けたままの万里華。そんな彼女を見て、女神は小さく溜め息を吐いた。
「そりゃ……最後ぐらい女神としての仕事をまっとうしたいからね……」
彼女の呟きは、万里華には届かない。そして、万里華も女神の呟きに関心を向けられない理由があった。
優真が急に動いたのだ。
小声でうめき声を発し、少し顔が動いたようにも見えた。
それを見た万里華は涙を拭い、優真の名前を連呼した。
そして、ようやく優真の目がゆっくりと開き、顔を近付けていた万里華は自然と目が合う。
(優真が無事で良かった)
心から安堵した万里華だったが、次の瞬間、優真の取った行動に目を見開く。
(ん~っ!!?)
いきなり後頭部に触れられ、顔を強制的に近付けさせられた自分の唇に優真の唇が重なる。
思いもよらない行動に、万里華の頭は真っ白になっていき、なにがなんだかわからなくなってしまう。
そして、長い時間が流れ、万里華はようやく優真に解放され、正座のまま呆然とへたりこむ。
そして、優真は立ち上がり、女神の方に顔を向けた。
「万里華はもらうぞ。文句は無いな?」
優真がそう言った瞬間、万里華のほんのり赤らめていた頬が更に熱を帯びていく。
そして女神は、愉しそうな笑みを優真に向けていた。
「合格だよ優真君!! これだから君が大好きなんだ!」
◆ ◆ ◆
万里華にはわからなかった。
決して優真の言葉が嬉しくなかった訳じゃない。ただ、理解は出来なかった。
優真は自分の過去を見て、そのうえ、その時感じた感情を知った筈だ。すさんでいた自分の過去は、とても人に見せたいと思えるものじゃない。
ましてや、優真にだけは知られたくないものばかりだった。
それなのに彼は自分を拒絶するどころか、自分を女神から奪おうとしてくれている。
「万里華……俺はな、ピアノが苦手だ」
「……え?」
いきなりこちらを向いて、恥ずかしそうに頭をかく優真がいきなり訳わからないことを言ってきた。
「料理も下手くそだし、子どもと接するのだって、万里華の方が上手い。なんなら尊敬していたくらいだ! ……それに、子どもを鬱陶しいと思ったことも1度や2度じゃない……」
「え……ちょっ待って! 何の話?」
「俺だって万里華に隠しておきたかった過去の一つや二つあるって話だよ!」
恥ずかしそうに声を荒げた優真。彼はすぐにハッとなって、申し訳なさそうな表情を見せる。
「今思えば、俺は子どもの頃から傍に万里華が居てくれるのを当然だと思ってた。でもそれは、万里華の気持ちを見ようとしていなかったってことなんだと思う。周りを見失っていた時、俺が一人じゃなかったのは万里華が俺の傍に居てくれたからだ。だから、俺は万里華に感謝している。今の俺があるのは万里華が居てくれたからだ。本当にありがとう」
優真の言葉に心が震える。
その言葉に涙が溢れて、優真の姿が満足に見れない。何度涙を拭っても、勝手に溢れてきて、なんて返せばいいのか考えが纏まらない。
そんな自分の前に、優真は片膝をついて視線を合わせた。
「万里華が俺を嫌いになって離れるつもりだってんなら、俺は全力で謝ってお前を止める。もし、俺に駄目な所があるって、それが我慢できないってんなら絶対に直してみせる。だから……消えるなんて……言わないでくれよ……! 俺はお前が居ないと、十全の力を発揮できない駄目男なんだ……だから、俺の傍に居ろ!!」




