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「……もうやだよ……帰りたいよ……助けてよ……お父さん……」
適当に逃げ込んだ部屋で、幼き優真は涙を流してそう嘆く。
ただボールを取りにきただけだというのに、なぜこんなことになったのかわからない。さっきから爆発音と男の声だけが聞こえ、恐怖が募っていく。
先程運悪く倒れてきた家具に体が挟まれ、足を怪我してしまった。小さい体でなんとか抜け出すが、血が出てうまく走れない。
姿見に映る彼の姿は足を引きずり、頭から血を流している。ところどころ煤で汚れ、意識も朦朧としている。
だが、帰りたいという気持ちが優真の体に鞭を打ち、彼は足を引きずりながら外へ向かって歩こうとしていた。
そんな時だった。
「ようやく見つけたぞ」
先程の男が、自分の背後にいるのがわかった。しかし、優真の体は恐怖で硬直し、そのまま喉輪を掴まれ投げつけられた。
近くにあったタンスに体をぶつけられ、優真の体は床に呆気なく転がる。
逃げないといけない。
それがわかっていても、体がまともに動かない。泣いたら駄目だと言われているのに涙がこみ上げて勝手に流れていく。
そして非情にも、優真がぶつかったことでタンスが優真を潰そうと襲いかかってくる。
そして、優真は迫りくる死の恐怖に目を閉じる。
……だが、不思議なことに優真は痛みを感じなかった。それどころかどこか安心できるような温かさを感じた。
恐る恐る目を開けて、見る。
「……お父……さん……?」
そこには自分を抱きしめている大好きな父の姿があった。
顔を煤だらけにした父が笑顔で自分の無事を安堵してくれる。
「大丈夫。父さんがお前を守ってやる」
そう言ってくれた父の言葉が自分を安心させ、緊張が解けたことで優真は意識を失った。
そして、自分は後々知ることになる。
あの日助かったのは自分だけだという事実に。
◆ ◆ ◆
その光景を見た女性は満足そうに頷いた。
「火事で大好きな父親が自分を助ける為に命を落とし、脳の機能で記憶を失った幼い彼は、母親の嘘を真実だと信じ、偽りの記憶で補完したのね。うふふ……蓋を開ければなかなか面白いトラウマじゃない。これでこの男も心を折られ、他の二人同様明日は出場不可に……」
「その為だけにこれを見せたのか?」
椅子に座ってほくそ笑む女性は、いきなり聞こえた声に驚きを示し、そちらを見た。
そこには先程まで壊れた人形のように動かなかった黒髪の青年が立っていた。




