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ルキュナの胸から腹にかけてつけられた傷は、まるで剣で斬られたような傷痕だった。痛みで小さく悲鳴を上げ、ルキュナは慌てて傷を押さえた。
まったくわからなかった。見えないではなく、まるで消えたかのようにすら錯覚してしまう。
直前になるまで確かに目の前にいた彼は動いていなかった。あの間合いなら、相手よりも早く斬れる自信があった。それなのに、いつの間にか斬られた。おまけにその張本人は自分の背後で剣についた血を一振りで地面に撒き散らしている。
「……はは……冗談だろ? この私が……見えない?」
目の前で起こった現実に理解が追い付かないルキュナ。剣士同士の戦いにおいて、相手の剣が見えないのは致命的だ。相手は完璧に避け、こちらは深い一撃をもらってしまった。
(実力差は圧倒的?)
そんな言葉が頭に浮かび、ルキュナは頭を振る。
「そんな訳あるか!! 私の剣がそう簡単に避けられる筈がない!! 氷雪アヴァンデーレ!!」
ルキュナは再び優真目掛けて剣を振るう。空間を裂くような無数の斬激が優真を襲う。
しかし、優真の前でその攻撃は全て止まった。否、攻撃だけではない。先程まで動いていた筈のルキュナでさえ、動かない。
「悪いな。ちゃんと勝負してやれなくて。でも、出し惜しみして大切な者を失うのは……もっと嫌だから!」
優真が止まった空間内でそう言った直後に、ルキュナの悲鳴がスタジアム内に響き渡る。
一瞬でルキュナの足が斬られ、血が流れ出す。立つこともままならなくなり、ルキュナは膝をつく。傷は深いが、切断された訳ではない。まともに動かすことは出来ないが、胸の傷同様血を凍らせて止血すれば、万全とまではいかないが動かすことは出来る。
「な……なんなんだお前!! なんでお前みたいな奴がこれまで無名だったんだ!? あり得ないだろ! 子どもを司る女神なんて下級神に仕えてるのだっておかしい! ……お前いったいなんなんだよ!!」
立ち上がったルキュナは息巻きながら再び優真に突撃する。手に持つ剣から冷気が漏れ、先程みたいな攻撃が繰り出されるのだと容易に想像出来る。
しかし、先程と異なり攻撃が雑だった。勢いだけで放たれる攻撃。それはつまり、ルキュナに大きな隙が出来ることを意味していた。
優真は攻撃を待たず、逆に自らその距離を詰める。
これで【勇気】の発動できる条件はなくなった。しかし、優真の顔に後悔した様子は見受けられない。
虚を突かれて驚いているルキュナの顔を見て左の拳を握る。そして、慌てて振られた剣を避け、握りしめた拳をルキュナの鼻っ柱目掛けて勢いよく振るった。
その結果、ルキュナは鼻から血を流しながら数メートル後方まで吹き飛んでいった。
そして、優真は仰向けに倒れたルキュナに対して指をさす。
「俺が何者かだって? んなもん決まってるだろ! 大切なものを守りたいと願い、全てを得ようとする……憐れで強欲な、元人間だよ」




