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結界に叩きつけられ血を頭から流しているマルテの姿は、とても戦闘続行できるような状態じゃなかった。
だが、マルテは地面に倒れ伏した数秒後に体を起こし始めた。よろめき、まともに焦点もあっていない状態であったにもかかわらず、マルテは諦めていなかった。
「……神獣族……ましてや白虎族なんかにゃわからないよな……俺達人間がどれくらい弱くて、脆い存在なのかな……」
弱々しい声でそう言いながら、マルテは両手にナイフを持つ。
「……【雪影】」
マルテがその言葉を発すると、雲も何もないフィールド上に雪が降り始めた。そして、その雪にファルナが気付く。
「……なに? このちっこくて冷たいの?」
雪の降らぬ南大陸で育ったファルナには、雪が何かわからなかった。自分の鼻や頬にかかる雪の冷たさに戸惑うが、それ以上に驚くべきことがあった。
先程まで目の前にいたマルテの姿が無いのだ。
「あれ?」
その状況には、さすがのファルナもまずいと感じた。
雪もどんどん強くなり、周りの状況が真っ白に染まっていく。
そんな状況下でファルナの耳にマルテの声が聞こえてきた。
「なんで麒麟様の眷族候補と言われている白虎族の神獣化持ちが子どもを司る女神の眷族なんてやってるのかわかんねぇな」
声で相手の位置を探ろうとするも、それは叶わない。
「まぁ神聖な白虎族の考えなんて元人間の俺にはまったく理解出来ないが……どうせお前もあの場にいたんだろ? ネビアさんが地獄に落とされたあの日、お前もその場にいたんだろ!!」
ファルナは唐突に殺気を感じ、その場から大きく後方へ下がる。そして、先程までファルナがいた場所にナイフの軌道が見えた。
「ちっ……まぁいいや。そんな簡単に終わったんじゃ面白くないからな。……まったく、忌々しいよ……あのネビアさんが地獄落ち? ふざけんな! どうせ汚い手でも使ってネビアさんを陥れたんだろ!! ネビアさんが地獄に落ちるようなミスをする訳ねぇからなぁ!」
そう叫ぶと、マルテは再びナイフを強く握りしめ、地を蹴った。
その後もマルテは何度かファルナに攻撃を仕掛ける。だが、その全てをファルナは軽々と避けてみせる。
「……そんな馬鹿な! ……音も気配も消えるんだぞ!! 避けるなんて不可能だ!!」
怒りによる単調な連撃。しかしファルナは、それらを華麗に避けてみせた。
「ちくしょう! なんでだ! なんでなんだよ!!」
「……お兄さんのことを悪く言った……」
「……は?」
先程まで黙っていたファルナがいきなり変なことを言った為、マルテはすっとんきょうな声を上げた。そしてファルナは、それに構わず続けた。
「お兄さんの悪口言った! お兄さんは汚い手なんか使わないもん! あの時だって……傷だらけになったシェスカと僕を助けてくれたんだもん! ……そんな優しくて強い、僕の大好きなお兄さんを悪く言うなぁあああ!!」
その心からの叫びは咆哮となり、マルテの耳に大ダメージを与える。そして、彼の動きが止まったところをファルナは見逃さなかった。
雪に隠れ、姿が見えなくなっているマルテをファルナの鼻は捉えた。
「【猛虎の嵐】!!」
その獰猛な爪は一振りで暴風を発生させ、マルテに襲いかかる。雪に隠れたまま逃げようとするが、その風は一瞬でマルテとの距離を詰める。
そして、ファルナの一撃はマルテに直撃した。




