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大地の女神だとわかった瞬間、優真は抱き寄せていたハナから離れ、大地の女神に向かって頭を下げた。その姿を女神は満足気な表情で見る。
「まずはユウタン君……ハナちゃんを見つけてくれてありがとう……聖域に連れていってくれって頼まれた時はびっくりさせられましたが……さすがはハナちゃんの未来の旦那様ですね」
「いえ、そんなことは……自分は当然のことをしたまでです」
微笑ましいものでも見ているかのような笑みを浮かべながら、大地の女神は優真達に近づく。そして、近づいてくる大地の女神を見て、優真は横にずれてハナの正面を譲る。
それは、今回の件で、彼女を一番心配していたのが他ならぬ大地の女神であることを優真が知っていたからだ。
神は、己の眷族の心を読むことはできる。しかし、それで場所まで完璧に把握することは出来ない。子どもを司る女神のように、己の眷族に発信器の役割を持つ物でも持たせない限り、所在を探るのは不可能に近い。だが、大地の女神はハナにそれを持たせていない。そのうえ、『神々の余興』の期間中は、神が眷族の心を読む力は使えない。
急にいなくなってしまったハナを彼女の主神たる大地の女神が心配するのは自明の理というものだろう。
「ハナちゃんがどういう気持ちでここに来たのかは聞かせてもらったわ…………でも、それとこれとは話が別よ」
直後に乾いた音が、静寂で染まった空間に木霊する。
大地の女神による平手打ちが、ハナの左頬を赤くしてみせたのだ。その様子を、優真は固唾を飲んで見守る。
驚いた顔を見せるハナだったが、そんな彼女を大地の女神が優しく抱擁した。
「心配したんだから!!」
そう言った女神の腕に力がこもる。
「眷族を一人失い……メルルちゃんも重傷……おまけに貴女まで黙って私の前から消えるなんて……っ! 本当に心配したんだから!!」
目に涙をためてそう言ってくれる女神様の姿を、私は初めて見た。
今まで私のやりたいことを率先させてくれたり、落ち込んだ時に励ましてくれるその姿に、いつか自分もこの方みたいになりたいと思った。
それでも、ずっと甘えていたいと思っている自分もいて、いつの間にか長い年月をこの方と共に過ごしていた。
憧れと尊敬を抱き続けた女神様。そんな御方に心配をかけ、涙を流させる自分はどうしようもないバカだ。
何度謝っても、涙を流しても、償えない。
だけど、今まで見たどんな女神様の優しさよりも、今も自分を抱きしめ、泣きながら叱ってくれる今の女神様の方が愛情を深く感じられた。
◆ ◆ ◆
何度も謝り続けたハナの目から涙が無くなるのは、女神から叱られた1時間後だった。
その間、優真は少し離れたところで二人の姿を見ていた。
本当は見ちゃいけないんじゃないかと思い、この場から立ち去ろうとしていたのだが、この場から唯一出入りする事ができる扉の鍵がかけられていたことで、優真はなるべく視界に入らないよう離れた位置に立っていた。
そんな彼を他ならぬ女神がこっちに来いと呼んできた。
息を潜めていた優真は、その呼び声でこちらを見て顔を赤らめたハナに申し訳ない気持ちになりながらも、彼女達の方へと近付いた。
「……な……なんでしょう?」
優真は二人の傍まで来ると、女神にそう聞いた。
感動的なシーンを盗み見していたのを怒られたり、他言無用だと釘を刺されるんじゃないかと不安にさいなまれながら、黙ったままの女神が口を開くのを黙って待つ。
しかし、女神は先程まで泣いていたとはとても思えないような凛々しい顔を見せながら、ハナの方を見ている。
「ハナちゃん、君には今日で眷族筆頭を辞めてもらいます。これから先、どうしたいかは自分で決めなさい」
唐突に告げられた言葉に、動揺を見せたのは俺だけじゃなかった。ハナさん自身も驚愕したような表情を見せている。
だが、ハナさんはなにかを言おうとしたところで、口を閉じた。そして、目を閉じ、自分を落ち着かせ改めて目と口を開く。
「今まで……お世話になりました! 女神様からもらった思い出を胸に……これからはユウタンや皆と共に生きていきたいと……思います……」
頭を深々と下げるハナさんの目から涙が地面にポタポタと落ちる。
そんな彼女に大地の女神様が声をかけた。
「頭をあげなさい。礼を言うのはこちらの方です。長い間、私の下で眷族の子達をまとめたり、つまらない空間で私と共に過ごしてくれて……本当にありがとう。これから先、貴女がどんな人生を歩み、どんなに躓いたとしても……貴女は私の大切な娘であることに変わりありません。……悲しいことがあったり、ユウタン君に酷いことをされたりしたらいつでもいらっしゃい。その時は、貴女の大好物を用意して愚痴でも何でも聞いてあげるわ」
優しく語りかけた女神様の表情には、慈愛に満ちた優しき母の面影があった。
そして、俺とハナさんの二人は大地の女神様に別れを告げ、子どもを司る女神様の本拠に帰宅することになった。




