44-10
ハナは大地の女神の本拠にある自室の前で立ち止まった。
「……ごめんけど……一人にしてくれないかな……」
お付きとして傍に居てくれた天使にハナがそう告げると、天使はハナに対して頭を下げ、そのまま何処かへ行ってしまった。
「……【大地渡り】」
そう呟いた彼女は、新しく切り替わった景色を見て、そこにあるベンチに腰掛けた。
腰掛けた彼女は空を見上げる。そこには、太陽で紅く染まった空が自分を見下ろしていた。
負けてしまった……大地の女神様の眷族筆頭として、最後の『神々の余興』だった……それなのに、負けてしまった。
二人とも頑張ってくれていた。それでも、圧倒的な敗戦だった。
炎の男神様がこれまでに出してきた眷族とは一線を画す強さだった。
考えていた対策も戦略も一切通用しない荒々しい炎使いと、全ての攻撃を避け、鋭い攻撃でダメージを蓄積させる炎帝と呼ばれる炎使い。どちらもかなりの強者だった。
……カシャルラのことは残念だったけど、メルルが死ななかっただけでも……本当に良かった……。
しばらく涙を流し続けていたハナは、ふと夜空を見て呟く。
「……もう……終わりなんだ……」
皆と一緒にわいわい騒ぐのも、皆と喧嘩するのも、女神様に甘えられるのも……もう終わりなんだ……。
「……はは……おかしいなぁ……ちょっと前まではこの日が来るのをずっと望んでた筈なのになぁ……」
ちょっと前まではあの人の傍に居られることが嬉しくて……早く結婚できるようになりたい……一生あの人の傍に居られるようになりたい……そう望んでいた筈なのに……今は、皆と離れるのが嫌だと感じてしまう。
女神様のお力になれなかったのも心残りだし、一緒に頑張ろうって言ってくれたあの人に合わせる顔もない。それに……
「……ここ最近、ずっと避けてたし……ユウタン……怒ってるかなぁ……」
「怒ってる訳ないじゃん!」
背後からいきなり聞こえてきた声に、ハナは慌てて振り返る。視線の先には扉の前でこちらに目を向けている黒髪の青年が立っていた。
「……なんで? ……ユウタンがなんでここに?」
驚いた顔を向けるハナだったが、そんな彼女の顔を見て、優真は表情に少しだけ怒りを見せた。
「本当に心配したんだからな! 急にハナさんがどっか行ったって責任感じたメルホルンさんが俺のもとに尋ねてきた時はまじで焦ったんだぞ!」
「でも……私誰にもここに来るって言ってないのに……」
「まったくだよ……お陰でこっちがどんだけ大地の女神様の本拠地を探し回ったことか……それでも見つからないから、シルヴィの時同様、ハナさんとの思い入れがある場所を探すことにしてみた。……でもまぁ、ハナさんとの思い出の場所で、なおかつ、ハナさんがいる可能性の高い場所はここぐらいだし……後は女神様に頼んで、この聖域に連れてきてもらうだけ……とにかく……無事で良かった……」
ハナはその説明を聞いて、少し嬉しく感じた。自分がいなくなって、まだ数十分たらず……それなのに、ここを突き止めてくれた彼が、本当に嬉しかった。
平常を装っているが、未だに小さく息を切らし、額に汗を浮かべ、長袖を捲っている。
自分のことを必死に探してくれたことが……嬉しかった。
だからこそ……彼を裏切ってしまったことが申し訳なかった。




