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カルアーデは腰に携えていた剣を抜き放ち、カルバチョフに向けて構えた。その目に込められた殺意、憎しみ、怒り、罪悪感が、向けられたカルバチョフに恐怖を感じさせる。
「ヒィ! や……やめろ! やめろと言っているのが聞こえんのか!!」
情けない悲鳴をあげ、必死に止めるようカルバチョフは呼び掛けるが、カルアーデは止まらない。
「くそっ! おい! そこの!! カルアーデを止めんか!!!」
廊下で先程から直立不動の構えを解かない執事の青年に、カルバチョフはそう命令するが、執事の青年は動かなかった。
「申し訳ありませんが、貴方にはもう私に対する命令権はありません。それならば次期皇王の地位にあらせられるカルアーデ殿下の命令に従うのが得策だと判断いたしました」
「なんだと!?」
顔色一つ変えない執事の青年が放った言葉の直後、カルアーデが驚いているカルバチョフの首を斬ろうと剣を構えた。
「しかし、今回私にここへ貴方を連れてくるよう命令したお方はカルアーデ殿下ではありません」
刹那、執事の青年がそう呟いた後に女性の声が誰もいない通路に響いた。
「剣を下ろしなさい!!!」
その大声で剣は静止した。
カルアーデの握る剣は刃に真紅の液体を少量垂らしただけで、カルバチョフの首は胴体にくっついたままだ。
「剣を下ろしなさい。そう命じたはずですよ……カルアーデ」
このまま首を斬るか、その言葉に従うか葛藤していたカルアーデは、その言葉で剣を離れた場所に放った。
「申し訳ありません……私にはこの剣を……振るえませんでした……」
「私が無能なばっかりに辛い選択をさせちゃったわね……」
崩れ落ちたカルアーデを一瞥してから、皇王はカルバチョフの方を向いた。
「は……母上……俺は!」
「貴方にチャンスなんてものを与えたこと……今は後悔しかないわ。子ども達への支援金に手を出し、国家の資金で夜は贅沢三昧……挙げ句に王座を狙ってこんなことまで……アルゼン、この者を牢獄に入れなさい!」
「かしこまりました。当初の予定通り罪人を連行します。2名ほどこちらに来てください」
恭しくお辞儀をした執事の青年が耳に手を当ててそう言うと、奥から兵士が2名やってきてカルバチョフを無理矢理連行しようとし始めた。
「嫌だ! なぜ俺があんなところに行かねばならん!! 母上……お慈悲を! お慈悲を下さい!!」
「貴方にあげられる慈悲は全部貴方が無駄にしたのですよ? やり過ぎた貴方が罰を受けるのは当然の責務です。王族として最後の役目くらいまっとうしてきなさい」
「嫌だぁ!! 行きだくない!! 俺は王に……王になる男だぞ! こんなところで……こんなところでぇぇぇええ……」
カルバチョフの嘆く声は、通路に反響し、姿が見えなくなっても聞こえ続けた。




