6-1
今は夜の9時をちょうど回った頃、日課の素振りを終えた俺は、ハルマハラさんの家にやって来ていた。
「おやおや、どうやらご無事だったようですな」
白髪の男性は、家の扉を開けた俺を見て、嬉しそうに言った。
「婆さんが匿ってくれたもので」
「それは何よりです。……それで? こんな夜遅くに何のご用ですかな?」
「……俺を森に連れていってくれません?」
その言葉を聞いた瞬間、椅子に座っていたハルマハラさんは、読んでいたであろう書物を落とした。
「…………正気ですか? 夜のモンスターは、尋常ではない数が蠢いているのですよ。基本的に夜が主活動のモンスターは昼間よりも倍近く強い。ユウマくんには教えたはずですが?」
その言葉に頷く俺を見て、ハルマハラさんはため息を吐いた。
「……どうやら、決意は固そうですな。……それにしたって急ですね。いったいどうしました? 好きな方でもできましたか?」
その言葉で、優真の頬が上気したように赤く染まる。
「そ……そんなんじゃないですよ! ……俺はただ、彼女にはずっと笑顔のままでいて欲しいだけです」
(要するに、彼女の笑顔を護りたい、ということですか。いやはや青春ですな~。私にもこんな若い時がありましたな~。そう、あれはもう何年も昔のこと……)
「……どうかしましたか?」
遠き日を見るような目をしながら、自分の若き姿と目の前にいる弟子を重ね、思い出に浸るハルマハラだったが、優真の言葉で現実に引き戻された。
「……まぁ、いいでしょう。これから3時間の間、森で狩りを行います。準備を終え次第出発としますがよろしいですね?」
その言葉に優真が頷き、3時間の狩りが始まった。
◆ ◆ ◆
~狩りを開始してから1時間経過~
「…………これじゃ、訓練にはなりませんね~」
目の前にいるのは、一切の返り血を浴びず、息すら乱していない黒髪の青年。そして、彼の周りには山積みとなった動物の死骸。全部、首を一刀両断されて、絶命している。
どんなに凶悪なモンスターが出ようと一切の顔色を変えずに、一刀両断してみせる青年。その動きは早いなんてものじゃない。まったく見えない。
「……そんなことありませんよ師匠! 最初はすごく雑な斬り方でしたけど、……どこ行ったっけ? ………おっ、あったあった。ほら! これとか、すごく綺麗な切り口してません?」
嬉々として、モンスターの首を見せつけてくる弟子の将来が少し気になるハルマハラであった。
しかし、それはそれとして、優真の持つ【勇気】という特殊能力は、とんでもない能力だった。
初ターンのみという言葉で、少し弱いなと感じていたのだが、その想像を遥かに上回る程、【勇気】は優秀な能力だった。
時を止める能力において、相手は絶対に動けない。それは格上だろうが、どんなに強いモンスターだろうとその能力に囚われる。
その状況で、優真には一つだけ、選択肢が与えられる。
修行では、初ターンとは、最初の行動だけ。何度も打ち合う剣戟において、それほど強い力を発揮してはいなかった。
しかし、実戦において、モンスターを一撃の下に沈めれば、改めて効果の発動が可能となる。
今は、心優しき青年で、モンスターを斬る際も、誠意を持って行っている。
しかし、彼がその力を殺戮に用いるようになった場合、果たして彼を止められる者がいるのか、と、ハルマハラは優真の戦いを見て不安に感じていた。




