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「……私……女神様の元に帰るの……だから、ご主人様とはお別れ……」
その言葉を聞いた瞬間、優真は上体を起こして彼女の方を驚いた様子で見た。
元々メイデンが優真達と暮らしていたのは、彼女の主神、鉄の女神がそう命じたからだ。それにも関わらず、彼女は優真の下を去ろうとしている。
そこから導き出せる答えは一つ。
「……鉄の女神様に命じられたのか?」
優真がそう聞くと、彼女は小さく頷いた。
その事実は、優真にどうすることも出来ない内容だった。優真は鉄の女神と会ったことはあるが、特段親しいという間柄ではない。親しい間柄なのは優真の主神であって、優真自身は眷族でしかない。他の神が決めた事柄を優真が覆させることなんて出来ない。
「……お前も俺を置いていくんだな……」
「……え?」
心で思ったことがつい口に出てしまったことに気付き、慌てて口を押さえる優真だったが、その表情は悔しそうなものになっていた。
そもそも彼女の思いに答えなかったのは他の誰でもない俺自身だ。それでも彼女は、俺のもとを離れることが出来なかった。理由は簡単だ。
彼女に俺が勝ってしまったことで、彼女を俺の所に縛りつけてしまった。なのに、俺は彼女を受け入れなかった。
神様からの命令でずっとここに居させ続けてしまった。彼女の表情から読み取れないせいで、ずっと勘違いしていたのかもしれない。
彼女は、本当はこんな場所に居たくなかったんじゃないのか?
それなのに、チャイル皇国で彼女の力を借りた。にもかかわらず、俺は負けた。
きっと彼女は俺を恨んでいる。
その気持ちを彼女の主神が察して、ここから引き離そうとしたんだ。
(……酷いのは俺の方じゃないか……)
俺に彼女を引き止める権利なんてありはしない。
「ごめん……情けないことを言ったな……忘れてくれ」
「ううん……ご主人様は情けなくなんてない……私に少しでも希望をくれた……本当にありがとう……」
彼女は俺があげたネックレスを握り、目から涙を流している。震えた声でありがとうと言われた瞬間、自分の心が昂っていくのを感じた。
「俺だって、メイデンさんにはいっぱい感謝してる。俺達の都合で振り回しても文句一つ言わないから……いつの間にか甘えすぎてたんだと思う……。……本当にごめん。……次会うときまでには、メイデンさんが好きになって良かったと思えるくらい強くなるから……」
「あ…………うん。……楽しみにしてる」
何かを言おうとしたメイデンさんは、言うかどうか迷っているかのような仕草を見せた後、悲しそうな笑みでそう返してくれた。
その後、メイデンさんは森の奥に消えてしまった。
焼き上がったライガーの肉はなんだか塩辛かった。




