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ホムラを抱きしめてなかったら、今頃パルシアスに掴みかかって、殴っていたかもしれない。……こいつが、あいつと同じ目的でないことくらいとっくにわかってる。だが、それで納得できる程、俺は人間性が良いほうじゃない。
「……わかってる。君にとってその子が大切な人だってことくらい。……僕がもっと早く奴の裏切りに気付いていたら、助けられた命だった。誰も死ぬ必要なんてなかった。……半分は僕の責任だ……」
本気で悔しそうな顔をしているだけに、その言葉を否定することなんて出来なかった。
今回戦った敵はパルシアスの配下という立場にある。それが眷族と眷族筆頭の本来の関係であり、当然、眷族が行った行動の責任は筆頭にもふりかかり、主神にも影響を及ぼす。それが格上のこいつが俺に対して頭を下げている一番の理由だ。
だから、俺はパルシアスを簡単には許せない。
こいつを許せば、あの赤髪男がやったことを許したことになる。……いや、今の俺にはそんな考えはないのだろう。俺がパルシアスを許せない理由は、ただの理不尽な怒りだ。
ホムラの死は思っていた以上に精神的なダメージが大きかった。だが、ホムラを殺した奴はここにいない。心の底から溢れてくる怒りを……俺は謝っている彼にぶつけることしか出来ないのだ。
「…………帰ってくれ……俺が俺じゃなくなる前に……さっさと俺の前から消えてくれ!!」
「…………そうか……これ以上は聞いてもらえそうにないみたいだね……」
パルシアスが申し訳なさそうに言ったことで、俺は彼女を抱く力が強くなるのを感じた。
わかってる。……今の俺は冷静じゃない。こいつに対する怒りが治まらない以上、時間が欲しかった。こいつだって怒りを感じていることくらい、にじみ出ているオーラでわかる。
こいつにとって、主神である時空神は大切な存在に違いない。そんな存在の顔に泥を塗られ、泥を塗った奴には逃げられた。悔しくない筈がない。……それでも、今の俺にそこまで気遣う余裕はない。
「ただ……帰る前に一つ言っておくことがあるんだ……」
そう言われた直後の俺には、これ以上彼の話を聞く余裕はなかった。
「……人間を大切に思ったことがない僕にはよくわからないんだけど……女神様から君に会ったら絶対に伝えておけと言われている言葉があったんだ……」
言いにくそうにしていたパルシアスがその後に言い放った言葉で、俺の涙は一瞬で止まってしまった。
「その子を生き返らせる方法を知りたければ、強くなって『神々の都』に来い」
「…………ホムラが……生き返る?」
何かの冗談かと思ったが、この状況でそんな質の悪い冗談を言う奴には思えなかった。
「そう……君が彼女を本気で生き返らせたいと望んでいるのであれば……だけどね。2ヶ月後の1月1日に時空神様の元へ挨拶に来てくれ。その時までに強くなっていれば女神様は君に重要な話をするとのことだ。もしも期限が守れなかったり、女神様が認める強さを手に入れられないのであれば、彼女の命は諦めるんだね……少なくとも、今の君じゃお目通りすら叶わないと思った方がいい……」
彼の言葉は色々と驚くべきことばかりだったが、それでも俺にとっては魅力的な情報であることに違いはなかった。
俺の腕に抱かれたまま喋ることのない彼女を見て、俺は彼女の赤い髪を手でどかし、隠れた左目を出現させた。
見られるのが嫌で、彼女はその傷を自分の長髪でよく隠していた。その傷は暴力で負った消えない傷だ。
彼女自身が、生き返るという行為を望んでいるかは不明だ。……でも、どうせなら彼女には、この腐った世界が変わるところを見てもらいたい。
「……わかった。2ヶ月後までにお前の女神様が望むレベルになってやる。だから……その時は約束を違えるなよ……」
難しいかもしれない。だが、それは諦める理由にはならない。可能性が1パーセントでもあるのであれば、それを掴む為に俺も全力を出すべきだ。
俺の答えを聞いた瞬間、パルシアスはなぜか微笑んできた。
そして、こちらに背を向けた。
「君ならそう言ってくれると思ってたよ」
その言葉を残し、彼の姿は跡形もなく消えてしまった。
こうして、多くの被害をもたらしたこの戦いは終結した。
この話をもってチャイル皇国を舞台にした話は終了になります。




