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「ちくしょう……逃げられたか……」
目の前で逃げられてしまったことに後悔しかけるが、時間が再び動き出したことで、手の中で項垂れている少女が危険な状況であることを思いだし、比較的綺麗な床に彼女を寝かせた。
周りは赤く染まっており、見るも無惨な姿になった人間達の姿があった。彼らを助けられなかったのは悔しい。だが、今は死と生の境界線に立たされている彼女の方が重要だった。
「大丈夫だ……すぐに治してやるから……今すぐミハエラさんを呼ぶから……もう少しの辛抱だぞ……」
目の前で流れ続ける赤い液体を止める為に、着ていた白いシャツを脱いで彼女の傷口に当てた。ボタンを外す時間すらも惜しかった為、ボタンが引きちぎられて、あちこちにとんでいった。
「早く来い!! ……頼むから……早く来てくれ……ホムラを助けてあげてくれ……」
目の前で赤く染まっていく白いシャツを見ていると、恐怖で体が震えてくる。
絶対に失いたくない。……彼女にはまだ返せていない恩がある。……嫌だ。こんなところで殺されたくない……死んでほしくない。……これから色んなことをしていくんだ。楽しいことも、辛いことも……経験したことがないようなことをたくさんやっていくつもりだった。
「……約束したじゃないか……俺と一緒に保育士やってくれるんじゃなかったのかよ……まだなれてないぞ? ……ようやく見つけた夢だったんだろ? 勝手に死ぬなんて絶対に許さないからな!!!」
「…………はは……そいつはいくらなんでも無茶だよ……ダンナ……」
ポタポタと大粒の涙が押さえている手に落ちた瞬間、か細い声が耳に届いた。
「ホムラ!! 良かった……生きてたんだな! ごめん……もっと早く来ていればお前を助けられたのに!」
「……謝らないでくれよ…………私は私がやろうと思ったからやったんだ……ダンナのせいなんかじゃない……うぐっ……」
「もういい喋るな!! 傷口が開いたらどうすんだ!!」
「……ははっ……言わせてくれよ……最後くらいさ……」
哀しそうな笑みを見せてくる彼女を俺は絶対に助けたいと思った。だから、これ以上、自分の傷口が開くような真似をしてほしくなかった。
だが、彼女の言葉を遮ることなんて俺には出来なかった。
「……なぁダンナ……私はダンナのことが好き……だったみたいだ……」




