5-2
目の前にいる人物は、ただそこに立っていた。
強い日照りの下、汗すら流さず、右手にレイピアを握り、その一部の隙もない佇まいで俺を見据えている。
剣を握る手が汗ばんでくる。相変わらず、真剣というのは苦手だ。
軽い深呼吸で息を整え、緊張をほぐす。
「行きます!!」
無言の圧力で迎えうつ白髪の老人に向けて、優真は剣を振るった。
しかし、その剣による攻撃は、老人に届く前で空を斬る。
距離を見誤ったという結果によるものではなく、老人が必要最低限の動きで避けてみせたのだ。
しかし、優真自身も、今更それに驚きはしない。
避けられた剣を翻し、Vの字を画くかのような攻撃を行う。
老人が感心したような顔を見せるが、その攻撃すら軽くバックステップをとられ、避けられてしまった。
(初見でああも簡単に避けられると、自信無くしちゃうな~)
そんなことを考えていても、優真は頭の中で次の一手を組み立てる。
しかし、時間をかける訳にもいかないため、すぐに攻撃へと移る。
鋭く速い優真の連撃をいとも容易く避けてみせる老人。
「……そんな攻撃では、私に傷一つ与えられませんよ」
老人は攻撃を避けながら、攻撃を仕掛ける優真へと言い放つ。
言い終えた老人は、刃のついていない練習用のレイピアで優真の右腕を叩いた。
直後、強い衝撃に襲われ、剣を手放してしまった優真の喉にレイピアが向けられた。
◆ ◆ ◆
「……時間ですね」
レイピアを俺の喉もとに突き付けながら、そう言った白髪の老人。
それを聞いた俺は、降参の意を示すために両手を上げた。
「……参りました。相変わらず師匠はお強いですね」
何度やっても一向に勝てる気がしない。
てかこの人、左腕無くしても、普通に強すぎるんだよな~。
「ユウマ君もだんだん腕を上げてきましたね。初めて剣を握った時は素人のそれでしたが、今では、能力に頼らなくても、テンペストハウンドくらいなら、余裕で狩れるでしょうね」
「そりゃあ、たった5ヶ月でここまで成長出来たのは、師匠の教え方が良いからですよ!」
「そんなことはありません。あなたがここまで成長出来たのは偏ににあなたの才能と努力によるところが大きいでしょう。私はそれを引き出す方法を教えているだけですよ。それでは、今日の修行はここまでにしましょう」
「ありがとうございました!」
終わりの挨拶をし、ハルマハラさんとの修行を終えた俺は、いつものように村の保育所へと向かうことにした。
「…………そういえば、もうすぐ彼らがやってくる時間ですね。……あの方は彼をどうなさるおつもりなんでしょう」
優真が去って一人になったハルマハラはそう呟いた。
◆ ◆ ◆
ミストヘルトータスというSランクモンスターを討伐してから、5ヶ月の月日が経った。その間に俺は、ハルマハラさんに剣技を教えてもらっていた。
俺が剣術を習い始めたきっかけ、それは当然、ミストヘルトータスと戦ったからだ。
ミストヘルトータスと対面した時、俺がどれだけこの世界を楽観視していたのかを思い知らされた。
普通に暮らしていても、ああいう化け物と会ってしまうこの世界は、明らかに日本より危険だと思ったのだ。
子どもを守ると言っておきながら、危うく子どもたちが死ぬところだった。
今の弱いままの自分じゃ駄目だと思った。
ミストヘルトータスよりも強大なモンスターと遭遇して、勝てる保証なんて何処にもない。
だからこそ、己を鍛えることにしたんだけど、…………あの人スパルタ過ぎてやばい。
初日からライアンさんと闘わせてくるし、容赦なくぼこってくるし、さぼろうとすると、家の前で騒音鳴らしてくるし、一度文句言ったら、殺されかけたし…………この5ヶ月間本当に辛かった。
それでも、修行が終わったら、今日みたいに保育所の手伝いには行かせてくれるから、そこは感謝している。
早朝から昼前まで猛特訓、昼から夕方まで保育所の手伝い、夕方から夜までの三時間を、剣の素振りに費やす。
こんな時にも子どもかよ、と、人に笑われるかもしれないが、好きなんだから仕方ない。むしろ、これがなかったらこんな生活やってられない。
なんせ子どもたちの可愛い笑顔が、俺にとって一番の癒し要素だからね。
もちろん、いいことばかりじゃないし、大変な仕事ではあるけど、それでもやりがいはある。
「こんにちは~! 今日も手伝いに来ました~!」
保育所の扉を、勢いよく開けた俺は、元気良く挨拶をすると、少しだけ違和感を覚えた。
…………あれ? 誰もいない?




