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「ふぅ~、やっぱりこの温泉は気持ちいいな~」
長い赤髪がお湯につかないようまとめている少女は、その白い体をお湯につけて、とろけそうな声で呟いた。
パルテマス帝国に居た頃はあまりこういうものに入った記憶がない。大きなお風呂にまとめて入れられた記憶はあるが、そんなものより断然こちらの方が気持ちいい。
「景色もいいし、お湯加減もちょうどいいし、文句のつけどころがねぇや……アオイ達も入れさせてやりて~な~……そうだ、あっちに帰ったら博士に協力してもらって温泉でも造るか……」
楽しそうなことを考えているホムラだったが、急にその笑顔が曇った。
(……いつになったら帰れんのかなぁ……ダンナに聞きてぇけど……今は聞ける状態じゃねぇしなぁ……)
仲間達と離れてから、かれこれ1ヶ月が経とうとしていた。
目的だった話し合いは終わり、目的は全て果たしたと思ったら、今度は彼と周りの雰囲気が悪くなったのを感じ取った。
話を聞けるような雰囲気でもないため、事情はまったくわからない。だが、このままではパルテマス帝国で待ってる皆の元にも帰れない。
(……まぁ……私にゃなんも出来んし……このまま状況が良くなることを願うっきゃねぇか……)
その時、いきなり風呂の扉が開かれた。
気になってそちらを見てみると、誰かが入ってきて体を洗いに向かっていた。
湯気が酷くてそれが誰だかわからない。
この遅い時間は、自分以外誰も入らない。それは自分が連れてこさせてもらった身なので、皆よりも遅い時間を選択しているからだ。
やがて体を洗い終えたその人物は、誰に遠慮するでもなく、自分の近くに座った。
そこでホムラもようやくその人物が誰なのか気付いた。
「ダッ……ダンナ……ッ!?」
悲鳴に似たような声をホムラが上げると、その青年はこちらを見た。
「……ホムラか? ……ああ、すまん。人がいることに気付かなかった……すぐ上がる」
いつもに比べて活力を感じられないその青年は、自分にそう謝って、湯船から出ようとした。
ホムラも年頃の少女だ。自分の裸を異性に見られるのは恥ずかしい。だから、優真が出るのであれば、それでもいいと思った。だが、そこで気付いてしまった。
(あれ? ……ここでダンナを追い出したら……まずいんじゃね?)
二日の時をかけてようやく部屋から出てきた彼が、このまま部屋に戻って再び出てこなくなってしまった場合、原因の5割は自分になってしまう。この家の持ち主は彼を溺愛しているため、自分が原因だと知られた場合、下手したら森へ放り出されてしまうかもしれない。モンスターが蔓延る森に放り出されれば、待っているのは餌コースか餓死コース。それだけは絶対に嫌だ。
それに何より、あんな哀愁漂う背中を放っておくなんて自分には出来なかった。
(だ……大丈夫だ。ダンナは信用できる……っていうか、恥とか死とか関係なくここで行動してこそ、あの人の部下だろ!)




