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(今の攻撃……止まらなかったよな?)
今の攻撃をかろうじて避けた俺の中に、そんな疑問が浮かぶ。
今までどんな攻撃だろうと、相手は止まった。何匹で襲いかかってこようと、視界外から攻撃されようと、今まで【勇気】の能力が働いていたはずだ。
それなのに、ミストヘルトータスの踏みつけ攻撃に対して、発動すらしなかった。
あの時、完全に能力を信じこんで動かない、という選択肢をとっていたらと思うとぞっとする。
(いったい何故発動しなかった?)
優真の疑問はすぐに解消された。
タッチパネルからの返信がすぐに来たからだ。優真はミストヘルトータスの死角に入って、すぐ近くの木に隠れる。
そこには、こう書かれてあった。
『簡単な話さ。【勇気】の発動条件が満たされなかった。理由はこれにつきるよ。
【勇気】は、優真君に先制行動をさせる猶予を作るために、時を止めているんだ。だが、優真君はブーストを用いて既に攻撃している。これにより、【勇気】の発動条件は、完全に終了していたのさ』
……そんな! それじゃあ、さっきみたいにこいつの攻撃をなんとかして避けるしかないのかよ。
………どうする?
頼みの綱だった【勇気】は、この戦いにおいて発動できない。
【ブースト】の攻撃では、深い傷をつけることすら困難だ。
考えろ。あいつをどうにかする方法を考えてみせろ。
緊急時の判断は、保育士の実習生時代に求められた課題だろ。
頭を真っ白にする暇があるなら、脳をフル回転させろ!
ここでこいつをどうにかしなきゃ、さっき逃げたシルヴィたちが危険に晒されるかもしれないだろ!
目の前にある危険を取り除くために、目の前にある危険から子どもたちを守るために、その脳を使え!
優真は頭を整理するために、深呼吸をした。
今、攻撃力が足りないのは、一目瞭然だ。
じゃあどうしたら、あの化け物に動けなくなるほどの一撃を与えられる?
今、必要なのはなんだ?
優真は必死に頭を働かせる。しかし、思考の邪魔をするように、再び、霧を払うほどの咆哮をミストヘルトータスがあげた。
咆哮は周囲にあった霧を払い、霧に紛れて攻撃していた優真の姿を露にした。
ミストヘルトータスと目が合った次の瞬間、その凶暴そうな口を開けたミストヘルトータスは、口にエネルギーのようなものをため始めた。
(【ブースト】発動! 速度5倍!)
急いで【ブースト】を発動させ、その場から離脱を試みた。
間一髪のところで、避けることには成功したが、後方にあった木は根こそぎ灰と化した。
危うく死ぬところだったが、お陰で突破口を掴むことができた。
◆ ◆ ◆
このまま攻撃しても、大したダメージは期待できそうになかった。これは一種の賭けだが、やらないで死ぬより、やって死ぬ方が絶対楽しいに決まってる。
どうせ死ぬなら、最後まで笑顔で生きてやる。
その攻撃を行うに至って、優真は覚悟を決めた顔になった。
(いくぞ化け物! 速度、跳躍、安定感、攻撃力、貫通力、5倍!)
【ブースト】の効果を付与し、優真は地面を蹴った。
しかし、その先にあるのは、ミストヘルトータスではなく、太い幹の樹木だった。
その樹木を足場にし、次の樹木へと跳躍する。
すると、少しだが、スピードが上がった。
それを何度も繰り返していくと、徐々に優真のスピードは上がっていった。
踏む場所を間違えれば、大怪我になりかねない危険な賭けだが、それでも、優真は的確に踏みぬいていく。
元々、優真は集中力と状況判断の二つは、他の人と比べると群を抜いていた。
的確な状況判断で、角度を正確に調整していく。
一瞬も油断ならない相手。それでも優真は、臆することなく、自分のやるべき行動に集中する。
そして、元のスピードを遥かに凌駕し、自分の限界を感じ取った時、優真は方向転換をし、ミストヘルトータスの足に向かった。
ミストヘルトータスの足に剣を横にして一閃する。
刹那、先程まではかすり傷程度しか与えられなかったにもかかわらず、その攻撃はミストヘルトータスの前足を2本とも斬り落とした。
ミストヘルトータスは2本の足が綺麗に断たれ、血を撒き散らし、痛みによる絶叫を上げた。
2本の足を斬ってみせた優真は地面へと着地する。
安定感を上げたことによって、着地はスムーズに決まった。
足に多少の負担をかけたが、2本も失った向こうに比べればどうってことはなかった。
(せっかくだから、何か技名でもつけよかな? せっかくなら、中学生の頃に考えたあれでいいか)
「十華剣式、陸の型、牡丹の舞」
『廚二臭っ(笑)』
剣に付着した血を地面にまきながら、どや顔で言うと、タッチパネルから、絶対女神からだとわかるメッセージが届いた。
え~、決まったと思ったんだけどな~。まぁ、剣式って言ったって俺、剣やってないんだけどね。




