4-12
4本の巨大な足は、家より大きく、背中にある刺々しい甲羅。辺り一面を支配していた霧を咆哮のみで払ってしまったモンスターを見て、優真は体を恐怖で支配された。
「…………ワニガメ?」
思わずそう呟いてしまう程、よく似ていた。大きさとか甲羅から霧を出しているところとか、ところどころおかしいと思ったが、それらを省けば、本当によく似ていた。
「……ミストヘルトータスじゃねぇかよ」
近くにいた男がそう呟いたのが聞こえた。
横を見れば、そこには、膝をついた男たちがいた。
震えながら頭を手で押さえている人、ぶつぶつとなにかをぼやいている人、現実逃避を始める人、頼りにしていたライアンさんでさえ、動くことが出来ないでいた。
「なぁ……ガルバスさん。あれはいったいなんなんですか!」
「………小僧は知らないのか。あいつは、ミストヘルトータス。Aランクを遥かに凌駕するSランクモンスターだよ。小僧が傷一つつけられずに負けたタイラントグリズリーが可愛く見えるぐらいの正真正銘の化け物だよ」
その目には既に光はなかった。
この場にいる全員が諦めている。
泣いている子どもを怒鳴って八つ当たりする人だっている。
(どうすればいい? このままだと全員死んでしまう)
一つだけ方法はあった。
単純に、誰かが囮になって、あいつの気を引けばいいだけの話だ。
しかし、それを誰にさせる?
Sランクというくらいなのだから、相当強いのは間違いないだろう。あの時、逃げることしか出来なかったタイラントグリズリーでさえ、Aランクのモンスター。
横で狼狽えている人を見てればわかる。
囮になる人の生存確率は絶望的だろう。
この中でまともに動ける大人たちはいなかった。ガルバスさんを除いて全員が絶望しきっている。
子どもたちは、怯えきって泣いている。シルヴィが必死になってどうにかしようとしているが、それも意味をなしていない。
そうなれば、自ずと答えは見えてくる。
ガルバスさんというリーダーを欠かす訳にはいかなかった。
他の大人は頼りにならない。
シルヴィや子どもたちにさせるなんて言語道断。
◆ ◆ ◆
目の前に君臨するSランクモンスター、ミストヘルトータス。その存在を前にして、村の者たちは逃げる気力すら失いかけていた。その中でも一際ダメージが大きかったのは、ガルバスだった。
任されたリーダーという重役。仲間は4人が生存は絶望的な状況で、現れたのはSランクモンスター、不幸の連続だった。大事な馬や荷馬車は全滅。リーダーを任せてくれた村長代理に合わす顔がなかった。
(子どもたちを探すだけの任務だったはずなのに、何故こんなことにーー)
「……ガルバスさん、子どもたちを連れて逃げてください!」
ガルバスが自分の不運を嘆いていると、横にいた青年が話しかけてきた。
「…………何を言ってるんだ? この状況で逃げ切れる訳……」
「子どもたちは、無事な人で抱えて逃げてください。泣いてうるさくても、絶対に見捨てないでください!」
「……だから、何をーー」
その時、ガルバスは優真の顔を見て絶句した。
目から涙を流し、勇気を振り絞ってその場に立つ青年。その目は、この場で全滅する気は毛頭ない、と訴えかけてくる。
その姿を見て、ガルバスはこんな若く頼りない背中に頼るしかない自分が情けなくなった。
「……君が逃げなさい。……俺がこの場に残ろう」
その言葉は、優真を助けるための言葉だったにも拘わらず、それに首を振ったのは、優真自身だった。
「駄目なんですよ、それじゃあ。ここでリーダーを失う訳にはいかないんです。……お願いです。最後の頼みなんです。絶対に子ども達を見捨てないって約束してください!」




