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15-31


 部屋を貸してもらっていた万里華が、椅子に座りながら本を読んでいると、扉がノックされた。

「マリカさん。入ってもよろしいですか?」

「シルヴィちゃん? 開いてるから勝手に入ってもいいわよ」

 その声を聞いた万里華は、入室許可を出して読んでいた本にしおりを挟みこんでから閉じ、机の上に置いた。

 開閉音が聞こえてきたことで、その視線を扉の方に向けると、その光景に絶句した。


「夜分遅くに失礼します。マリカさん、少し私とお話しませんか?」

「べ……別にいいけど…………何その格好?」

 シルヴィが着ている服は、日本にいたころ何度か見たことがあるナース服であった。

「おかしいですか? ユーマさんが昼に買ってくださったんですが……」

「え? ……似合ってはいるけど……もしかして今から優真と寝るつもりなの?」

「えっ? 違いますよ? ユーマさんは昼間に力を使い過ぎて倒れてしまいましたし……起きるのも多分数日はかかるんじゃないかと」

 シルヴィは思いの外、あっさりと答えてきた。戸惑った様子もなく、ごまかそうとしている訳でもなく、ただ、聞かれたことに答えているようにしか見えなかった。

(……違うんだ……えっ? じゃあなんでこの子ナース服着てるの?)


 万里華が悩むのも無理はなかった。

 日本の常識ではナース服は仕事着、またはコスプレで見るくらいだろう。少なくとも万里華の認識ではそういうものだった。

 しかし、シルヴィは店員さんからナース服は夜に着るものだと教えられたうえに、夫婦仲も良好になると紹介されたため、何の躊躇もなく着ているのであった。

 結局考えても考えてもわからないため、万里華は考えることをやめた。


「……そう……まぁいいや。それでどんな話をするの?」

 万里華は自分が寝るベッドの上に座るよう促す。

 シルヴィはベッドに綺麗な姿勢で腰を下ろすと、万里華の方を向いた。 

「ユーマさんが日本と呼ばれる場所にいた頃の話を聞いてみたいです。どんな世界で、どういう感じだったのかを……そしてユーマさんがどういう生き方を望んでいたのかを少しでもいいので知りたいです」

 楽しそうに聞いてくるシルヴィの姿を見て、万里華は少し哀しそうな表情を見せる。だが、明かりの影でその表情をシルヴィが見ることはなかった。

「……そうね。まぁ優真のいた世界はこっちと違って神様の存在を信じていない人が多かったわね。私も、多分優真も信じてなかったと思う。……ただ、こっちの世界よりも平和だったな。戦争の道具を進歩させているこっちとは違って、娯楽がたくさんあったわ。……そして優真は、そんな世界でこっちの世界には実在しない保育士を目指していたの。まぁ、保育士を目指していたことはシルヴィちゃんも知ってるよね」

 万里華の口から何気なく放たれた言葉は、シルヴィに衝撃をもたらした。

「……えっ? ……実在しないんですか?」

「なにが?」

「保育士です! ユーマさんが、今も目指そうとしている保育士ってこっちの世界にはいないんですか?」

 彼が保育士になるのを今も諦めてはいないことを知っているシルヴィにとって、その言葉が示すものは、愛する者の夢はどうあがいても叶わない。いや、叶えることがかなり難しいというものだった。


「……もしかして知らなかったの? ……まずった~。今の無し! 聞かなかったことにして! 優真には絶対内緒だからね!」

「えっ? ……は……はい」

 シルヴィは万里華の言葉に頷いた。その秘密は彼に言えるはずがないから……。


 ◆ ◆ ◆


「あちゃ~やっちゃったな~。女神様に怒られて、天界に戻されちゃったらどうしよっかな~」

 そんなことをぼやきながら万里華は廊下を歩いていた。

「結局、あのまま気まずい雰囲気になっちゃって部屋に戻っちゃうし……出来ればシルヴィちゃんとは仲良くなっときたかったんだけどな~……あれ?」

 優真の耳に入れてはいけない内容をシルヴィに喋ったことを反省していた万里華は、部屋に戻ろうと歩いていたが、いつの間にか優真の部屋の前についていた。


「ここって優真の部屋……なんでここに? そういえば優真は昼間の件でぶっ倒れたんだっけ……大丈夫かな?」

 さっき来たシルヴィは、数日起きないかもって言っていた。

 その言葉を思い出すと、やはり心配になってくる。

(私達の前で気丈に振る舞っていたのは、私達を心配させないためだったのだとしたら……少し様子を見ていこうかな)


 ノックをして起こしてしまう訳にもいかず、万里華は音を立てないようにゆっくりと扉を開けていく。

「……大丈夫~?」

 声を潜めて言ったが、当然反応はない。

 部屋の中に入った万里華は、廊下の光で照らされたその光景を見て頬を緩めてしまう。


 ベッドには、二人の少女が優真の両隣を占領して寝ている。

 白い髪に猫耳の少女と栗色の短い髪の幼い少女。その二人はそれぞれ優真の腕に抱きついたまま、健やかな表情で寝ている。そして3人には、それぞれタオルケットがかけられている。

「お疲れ様、優真……今はぐっすりと休んで」


 万里華はそう呟いてから退室した。

 これにて、長かった15章が終わります。

※万里華の性格を考慮して、あんなことがあった後で他人行儀にならないだろうと思い、現在二十歳の万里華なら年下相手はちゃん付けだろうということで、シルヴィちゃんと呼んでいます。

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