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(……なんでこうなってるんだっけ?)
見上げる青空はだんだん赤く染まっていき、目の前にいる人たちが徐々に霞んでいくのを感じながら、雨宮優真はそんなことを考えていた。
◆ ◆ ◆
「今日から実習だーー!」
「お兄ちゃんうるさいっ!」
開口一番に大声で叫んだ俺を妹の由美が迷惑そうに怒鳴る。
「優真、早くご飯食べないと遅刻するわよ! 初日から遅刻なんてしてたら、実習落とされるわよ」
「やばっ!? もうこんな時間! いただきま~す」
母からの叱咤で俺は席につき、急いで湯気のたった白米を口の中にかきこむ。
「ちゃんと噛んで食べなきゃ駄目でしょ。そんなんじゃ子どもたちと一緒に食べさせてもらえなくなるんじゃない?」
「そ……そんなことないよ。子どもたちの前ではちゃんとゆっくり噛んで食べるし」
母からの小言を聞きながら、俺は15分後に朝の食事を終えた。
食事を終えた俺は「ご馳走様でした」と手を合わせて食事終了の挨拶をした。
「お粗末さまでした。頑張ってきなさいよ」
その言葉は食器を持っていっている俺の背中にかけられた母からの言葉だった。
◆ ◆ ◆
「……お兄ちゃん気持ち悪い」
部屋にいて準備を全て終えた俺を由美が罵倒してくる。
あまりにも突然だったために、その不満が顔に出てしまう。
「……なんだよ、いきなり」
「そりゃ嬉しいのはわかるよ。お兄ちゃんが保育士になりたいって、この5年間毎日毎日聞いてたからね。だから、どんなことがあっても笑顔で送りだしてあげようって決めてたしね。………でも、そのにやけ顔だけはないわ~。もうなんて言うかきしょい」
「ひどっ!?」
「だいたいそんな顔で行ったら子どもたちが泣いちゃうんじゃない? それに今日ちゃんと出来ないと実習落ちるんじゃーー」
「それだけはやだ!」
「だったらその顔どうにかしなよ」
「……どうすりゃいいんだよ」
「そんなの私が知るわけないじゃん。気を引き締めて行けばいいんじゃない? ………そうだな~、例えば、実習落ちたら可愛い妹に、自分のち○こ引き抜かれるとか?」
「怖っ! お前の発想こえぇよ!」
「ふ~ん。なら帰るまでにもっと現実的なの考えといてあげるからしっかり行ってこいよロリコン」
「……ロリコンじゃないって何度言ったらわかるのかね。それじゃあ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい。頑張ってねお兄ちゃん!」
妹は最初の汚物を見る目ではなく、可愛らしい笑顔で俺を送り出してくれた。
◆ ◆ ◆
家を出る前にある部屋の戸を開けた。
「行ってくるよ父さん」
それに対する返事は返ってこない。
その部屋にあるのは、仏壇と1枚の写真が入った写真立てだけだった。
返ってくるはずのない返事を期待してはいないが、一言この背中を押してくれる言葉が欲しかった。
そんな叶わない望みを胸に秘め、部屋の戸を閉めた。
靴を履き終え、玄関の扉に手をかけて、雨宮優真は夢への第一歩を踏み出した。