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茶吉の日常

スカイハイタワー

作者: 茶吉

南伊豆に日本一高いタワービルが出来た。半分から上の上層階はマンションになっていて、一階から8階までは大手デパートが入ったそうだ。妻のササ美がそのビルに検針をしに行くんだそうで、「だから茶吉がクルマで乗せて行け」と、駆り出された。さすが日本一高いビルで、てっぺんは雲を突き抜けて見えない。先づはエレベーターで一気に最上階のペントハウスまで昇って、そこから1階ずつ降って来ようということになった。一軒目のペントハウスの表札は神ゼウスとあった。視線を落とすと足元にメーターがあったので数値を入力しプリントアウトした請求書をポストに投函した。一階下がると、表札は大天使ザビエルとあった。メーターの位置は分かっているのでリズミカルに検針をこなし1階ずつ降りながら次は天使ミカエルと、天使ガブリエルと、どんどん降りていき、居住階を終えて、デパート階に来た。せっかくだから買い物もして行こうと見て回っていると、突然ぱたっと周囲の全ての動きが止まった。いや全てではなく茶吉以外の全てがある人は歩いている格好のまま、ある人は大きく口を開けたまま瞬間的にフリースしてしまった。ざわざわしていた喧騒がピタリと止んで、静まりかえっている。これは、まさかあの、いい人同士だけが知り合える天使タイムってやつかな?と茶吉は思った。

すると、茶吉のところに、普通の女性なのだが背中から大きな羽根が生えている天使が飛んできて、「正解です。心の清らかな人だけが動ける天使タイムです。地上界での時間は経過しません。どうぞ好きなようにお過ごしくださいませ。わたしたち天使にとっても、人目を気にせずに羽根を出して自由に飛び回れる楽しいひとときです。」という。ササ美はどうしたかと横を見ると、静止している。心が清らかではないということか。 このフロアには、茶吉の他に動ける人は一人もいないようだ。周囲は全てピタリと固まっていて、動く気配がまったく感じられない。ほかの階はどうなっているんだろう。見に行こうか、と考えていると、ドッと全てが動きだし、音を取り戻した。ああ、天使タイムが終了したのか。ササ美に、ねえ今の、どんなだったの?と、止まっていた感想を聞いてみると、「どんなだったって何が?なんのこと?」と、気付いていない。

一階下がってキッズフロアに出た。ボールプールやアスレチックがあり、フロアまるごと託児所になっている。親が買い物をする間、500円で預けられた子供だらけで奇声を上げながら走りまわっていて思わず両手で耳を塞いだ。するとまたあの感覚が。天使タイムだ。だが今回はフリーズしたのはササ美と、保育士さんだけだ。子供達には何事も起きずに相変わらず遊びまわっている。天使タイムに突入したのは、大人だけということか。ササ美は喋っていた顔のまま静止し、受け付けで声を張り上げていた保育士のおばさんも振り回していた手を広げた姿勢でフリーズしている。その他には止まっているのはパッと見回した限りでは、いない。だがよおく見ると、子供たちのなかでもちらほら大きい子が止まっているのがいて、ボールを今にも投げそうな姿勢で止まっていたり、ちょっと大きなおねえちゃんがクレーンゲームの前で静止していたりしている。幼い子供達はほぼ、心がきれいということか。

一階下がるとそこはレディースファッションのフロアだった。ササ美の目の色が変わり、スカートのラックに飛びかかり選び始めた。と、そこでまたもや天使タイムだ。ササ美は3着もスカートを握りしめたままフリーズしている。シーンと静まり返るなか、茶吉のほかにチラッと目の隅で動きがあるではないか!売り子が一人、フリーズしていない。驚きで凝視しすぎてしまい向こうも茶吉に気づいたようなので「あなたも動けるんですね。」と話しかけた。「初めはびっくりしたけど、天使さんから説明を受けてからは1時間おきの天使タイムを有意義に使えるようになってきました。お昼ご飯は地下の試食コーナーをゆっくり一回りしてお腹いっぱいになりますね。ただ、不満なのは、私はここのGAPで時給制でパートをしているんです。そうすると拘束時間に対してのお給料は少ないのよね〜。」だそうだ。じゃあこのビルの中で、時給制では無く、歩合制の仕事に転職すれば天使タイムの利点を利用できるではないか。と提案してみた。すると「あらそうよねえ。そしたら私すごい能力が高い人になれるわねえ」となって、では、失礼しますと別れた。

1階ずつ下がって行って地上階まで降りてきた。そこでまたもや天使タイムになった。また動いている人を見つけた。警備員のおじさんが動いている。話しかけてみる。「おやおや私の他にもいらっしゃったですか。」とニコニコ喜んでくれた。一時間おきの天使タイムは肉体労働のおじさんにとっては一時間おきに座って休憩する休息タイムが設けられているようなもので、疲れが取れて、助かっているのだそうだ。一緒に働く同僚たちは働き詰めの疲労による腰痛や熱中症に悩まされているが、自分は体力的にも気分的にもゆとりを持って働けてありがたいという。

地下の食品エリアにくるころにはササ美はすべての天使タイムでフリーズしてきたのに全く気付いていないので、そろそろネタバレしてやろうと、天使タイムにそこにあったたい焼き屋さんのカウンターに100円置いて、たい焼きを一個取りそれをササ美の口に突っ込んでおいた。さて天使タイムが終わり、ササ美はたい焼きをくわえているじぶんにびっくしているも、にわかには茶吉の説明を受け入れられずにいる。「じゃあ証明して見せてよ!」というササ美に、絶対にしたくないポーズは何か?尋ねると、鼻クソをほじっているポーズとのこと。そこでつぎの天使タイムになって、人差し指を鼻の穴に突っ込んでおいた。ハッと天使タイムが終わり、びっくりするも、「本当に本当だったのね!」と深い気付きを得たササ美は、興奮気味に「凄い!でもさー、そんなの不平等じゃない。だって私ほど心が純粋な人っていないもの。それに今、たった今私、目からウロコが落ちたのよ。凄い目覚めを経験したんだから私の魂は超、超、純粋な高みへ昇ったんだもの。次の天使タイムには動けるはずでしょ私も。そうでしょ。ねえ」と言う。でもGAPのパートさんも警備員さんも、そういう特別に気負ったところが全くなく、むしろ抵抗が全くないリラックスした自然体の人だったがなぁ。心を清めようだとか、我欲を捨てたいだとか、そういうのも、立派な欲望で、それを修行とか努力とかして極めたいとがんばるのは執着に他ならないよなぁ。逆だよなぁ。そういう無理な負荷が全くかかってないお気楽な状態の人が、GAPのパートさんと警備員さんだったよなあ。と、ササ美に説明をするも、ササ美は猛烈に怒り出し、だからそれをなんとかしたいから根性で頑張って何でもやるから努力でなんとかしたいのよ!とプンプン怒っている。そんなことどうにかできる人が居るとすれば、それこそ最上階のペントハウスに住む神様だけだろう。

ということで、また最上階まで昇ってきた茶吉とササ美だった。がしかし、そこで天使タイム。ササ美は止まってしまった。ガラス張りの向こうに絶景を見おろす素敵なエントランスで、ドアベルをピンポンと鳴らすと、ガチャリとドアを開けてくれたのは、金髪の若い兄ちゃんで服装もラフ。でも天使タイムに動いているのだからこれが神様だろう。

「いらっしゃい茶吉さん。あ、これ!娘さんのアサリちゃんからもらったズボン。気に入っていつも履いてますよ!すっごいオシャレでしょ〜。あ、天使タイムにお客さんは大歓迎ですよどうぞどうぞ。」なぜウチの娘のアサリを知っているんだろうか?「アサリちゃんは魔法科高校の寮に入ってるでしょ。あそこの寮には天使がひとりいるんでね、アサリちゃんにとっては寮のルームメイトが天使だったんです。僕は仕事で天使を定期的に訪問しているから、行くたびにアサリちゃんにも会います。その度にアサリちゃんの心を少しずつ浄化してあげているんですよ。で、アサリちゃんが感謝してくれて、ルームメイトの天使を通して「今度神様が来た時に渡してね」とこのズボンを預けてくれてたんだそうで。天使タイムには止まってしまうアサリちゃんだけど、お父さんが動けるのならば、素質があるということですからこのまま天使と同室で暮らせばいずれはいずれは覚醒するでしょう。でも今回のお願いは奥さんのことでしたね。奥さんと茶吉さんとは他人ですからね。全く別の遺伝子ですから、いったん汚れてしまった心はなかなか難しいでしょうね。」だそうだ。このタワーを建てた目的は人間の心を浄化することだったそうだ。当初は、もっと簡単に考えていて、このタワーを訪れた人を建物ごと全員まとめて浄化して、綺麗になった心で帰って貰えば、1ヶ月も続ければこの街を丸ごと浄化できてしまうという計算だった。しかしそうかんたんにはいかなかった。神様によれば、元凶はスマホだそうだ。タワーに足を踏み入れた人の心をせっかく綺麗に浄化しても次の瞬間にその清い心の人が、スマホを取り出してSNSをみるとその途端に、もとの汚れた心のあり方の習慣を取り戻してしまうのを、何人も何人も見てきたそうだ。「人間というのは業が深いですよ。」と神様が感慨深く語ってくれたのだった。

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