プロローグ〜世界どこかの少女の話〜
ここで私が知る中で世界一と言っていいほど、不思議な体験をした、とある少女の昔話をしようと思う。
キッチンに長い黒髪を後ろに一つに結んだ少女が1人。
年は……この時、17と言っていただろうか?
特に着飾っているようには見えないものの、薄くピンク色の付いたリップをしていて、年頃の少女らしさがみえる。
チーン……と少女が十数分前にセットしていたオーブンレンジの焼き上がりを告げる電子音が鳴った。
少女が洗い物をしていた手を止めて、オーブンレンジの扉を開けると、ふわっと部屋中に甘い香りが漂う。
「よしっ!!綺麗な焼き色にできた!!」
天板の上にはココアと紅茶の絞り出しクッキーが2種類ほど。
その少女、焼きあがったクッキーを見て、1人こっそりガッツポーズ。
ピンクの可愛いミトンをつけて、鉄板ごとクッキーを取り出して。
でもきっと、1人ぐらしの少女には多すぎる量であるから、大方同じ高校の友人にでも配るのだと予想できるが。
ミトンをつけていても、鉄板と言うものは熱いもので、「あちちち」なんて呟きながら早足でリビングの机の上に置いてある、ケーキクーラーの元へと運ぶ。
……が、ドジというものなのか運が悪いのか。
引越してきたばかりの慣れないこの家の片付けの途中で、天板で下が見えず床にあったダンボールに足を引っ掛けてしまった。
その衝撃でクッキーは天板から離れ、宙に舞う。
そして少女は痛々しく地面に打ち付けられる…と、この場面を誰かに見せれば、誰もが口を揃えて言うと思う。
自分も、そうだと思っていた。
いたのだが。
少女は床に打ち付けられる直前、キラキラとした光になって跡形もなく消えた。
そして世界は彼女の存在など無かったかのように、時を刻み続ける。
……唯一、彼女がここにいたことを指し示す焼きたてのクッキーは、無惨にもほとんどが砕けて床に散乱していた。