Chapter2-1
二十四もの月日
桃姫がセシリスを訪れてから、二週間が経とうとしていた。
久たち五人はそれぞれの依頼や任務、セシリス付近一帯の警備業務などに追われていた。その仕事量は二年前のチームのものとは比べ物にならない。
だが、元より治安の良いセシリス近辺。首が回らなくなるほどの多忙を極めることはなく、五人全員は自らのペースで仕事をこなすことが出来ていた。
適度な日照りと、暑くも寒くもない、春にしか吹かない心地よい風。独特の春風は微かな桜の香りを纏いながら、開け放たれた支部の窓から室内に緩やかに流れ込んできている。
支部には今、タケと久、そしてジョゼがいた。
ハチは遠方依頼に出ており、織葉は今日は非番だ。
事務所内には久とジョゼの二人。タケは今、窓口当番に当たっており、庭先に設けられた受付で各種応対業務についている。
室内の二人は手元に視線を落とし、さらさらと書類を書き上げている。
「よしっと、私の分はこれで終わり」
ジョゼは書き上げた報告書に自らのサインをすると、手にしていた羽ペンをペン立てに立てた。仕事を終えた白い羽ペンも、微かにその身を春風で揺らした。
「それじゃあ私も半休もらうわね」
「おう、お疲れ」
今日こなしてきた任務の報告書を書き上げたジョゼは、ぐっと一つ伸びをして椅子から立ち上がった。体を逸らして背筋をぐいと伸ばすと、豊かな胸が誇張された。
「それじゃあ久、これお願いね」
「はいよ。受け取ったぜ」
腰を回すジョゼは先程まで書いていた報告書を久へと手渡すと、椅子を引いて支部の裏口扉に手を掛けた。
「それじゃあお先。お疲れ様」
「おう。気を付けて帰れよー」
久は腰を捻ってジョゼを見ると、片手を上げた。
ジョゼもそれに片手を上げて応えると、裏口から支部を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
ジョゼは一人、セシリス村の丘を下り、地元のストラグシティーに帰って来た。セシリスとストラグは、大体片道三十分くらいの位置関係にある。
ストラグの入り口をくぐる頃には、もう日が傾いていた。夜に華やかな街、ストラグは店の準備を始めており、所々では既に店の明かりが灯って営業を始めている。
「おうジョゼ! 久々だな!」
すると、一軒の酒場の入り口から、前掛けとバンダナを巻いた一人の男が酒箱を持って出てきた。
「お久しぶりです。最近足を運べてなくてごめんなさいね」
ジョゼは足を止めると、その男に軽く頭を下げた。
この男はこの店の店主で、ジョゼの顔なじみの店の一つだ。久たち三人を連れて飲んだり食べたりする店でもある。店主も全員と顔なじみだ。
「いいっていいって。ギルドの方忙しいみたいだしな。あそこが出来てからストラグの連中も色んな事を相談できるって、皆喜んでるぜ」
店主は坂箱を地面に置くと、ジョゼに屈託のない大きな笑みを見せた。
「受け入れてもらえてほんとありがたい話だわ。親父さんも何かあれば気軽にいらしてくださいね」
「おうよ! お前らもまた店に来な。酒瓶一本くらい、つけさせてもらうぜ」
男はジョゼに親指を立ててみせると、足元に置いた箱を持ち上げ、店横の廃品置き場へと消えていった。
嬉しい事にセシリスのギルド支部は好評だった。
元より、ここ近辺で知名度のある四人が携わっていると言う点もあったが、支部の無かったこの辺り一帯は、小さな諍いやトラブルなどは自分たちで解決するか、自らパートナーチームを探して依頼するほかなかった。
そこで、セシリス支部は自分たちだけが依頼を受けるのではなく、支部側から、現在活動している他のチームに仕事を斡旋したり、他チームが受け切れなかった依頼を肩代わりするという新たな方式を生み出した。
これによって、他の集団とも強く連携出来て、ないがしろにすることもない。住民たちは支部に出向くだけで、様々な依頼を様々なチームに依頼することが出来るようになっていた。
加えて、支部には大陸全土のニュースや広告、求人などの多種多様な情報が集まる。
大都市から離れたセシリス、ストラグの住人は、今までに無かった情報を受け取る事が出来るようにもなり、そう言った点でも大いに役立っていた。
「やぁジョゼちゃん。こんばんは」
「おねえちゃん、やっほー!」
ジョゼが街を歩いていると、様々な人に声を掛けられる。
この地で元より人気のあるジョゼは更に知名度が上がり、多くの人が挨拶をしてくれる。ジョゼはその一人一人に過度な愛想をふるまうこと無く、しっかりと挨拶、返事を返して歩く。
誰とでもすぐに打ち解けられるジョゼの性格は、この街の誰からも愛されているのだ。
その、家路に帰るジョゼの足がふと、一つの商店の前で止まった。
そこは、ジョゼの行きつけの盗賊武具店。赤色の古いビニール製の雨よけに白い塗料で、「盗賊武具店 ビャコ」と書かれているそのそっけない名前が、ここの正式な店名だ。
雨よけの下には昔ながらの商店を彷彿とさせるガラスの引き扉が四枚あり、至る箇所に「特殊手裏剣あります」や、「武具一式セット 三千ユミル」などと張り紙がされている。
(そういえば、今日の分の補充しておかないと)
ジョゼは今日受けてきた依頼で使用した手裏剣の枚数を瞬時に思い出すと、商店の引き戸に手を掛け、がらりと開いた。
年季の入ったガラス戸を半分ほど開くと、ジョゼは武具店に入店した。