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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
再会、再開
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Chapter1-7

「わかり、ました」


 ギルドマスターが重い口を開いた。


「久……」

「天凪先生のここまでの気持ちを無下には出来ないよ。きっと、先生だって相当な決心をして、ここに来てくれたんだ。俺たちの我儘だけで、受けられませんとは言い直せない」


 俺たちのチームは、天凪先生の依頼を受ける。

 久は今一度、全員の前で宣言した


「そう、よね。うん。先生のその気持ち、私も無駄にしたくはないな」


 視線を机の上に落としていたジョゼも顔を上げた。


「折角私たちを頼ってくれてるんだもの。ここで断ったら私たちのチームの名折れだわ。――それに、先生がいなくなる訳ではないんでしょう?」

「もちろんよ。魔力は無くなってしまうけれど、命までは取られないわ。そこは安心して」


 ジョゼの問いに、桃姫が笑顔で答えた。


 その表情には、どこにも無理が無い。気丈にしてるわけでも、無理な笑顔を振りまいている訳でもない。

 天凪桃姫は、本当に自分の行動に覚悟を持ち、ゆいを助けたい一心を持っていた。


「わかり、ました。桃姫先生の依頼、オレも全力で請け負います」

「あたしも! あたしも精一杯取り組むから!」


 タケも織葉も、桃姫の依頼、そしてその覚悟を確かに受け取った。


「二人とも、みんな、ありがとう。私も全力を注ぐわ」


 桃姫の両目に燃える、確かな信念。

 セシリスの五人は強く頷いて見せた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「それで、今後のことなのだけれど」


 全員の意思が固まって少し経った頃、桃姫が依頼内容と転移についての詳細を説明し始めた。


「まず、転移についてなんだけど、まだ準備に時間が掛かる。だいたい、来月。一か月は時間を要するわ」

「そんなに時間がかかるんですか?」


 久の問いに、桃姫は素子化の魔法を解くと、杖から一冊の魔導書を取り出した。

 それは真っ黒の分厚い本で、背表紙と裏表紙、本の四隅に金具が取り付けられている。小口ではその表裏から伸びた金具が重なり合って本を開かないように固定しており、そこには鍵穴も見受けられる。

 それはとても重要度の高い魔導書である証。タケの書斎にはないような代物だ。


 表紙の題名や著者名は擦れて読みにくくなっているほどに痛んでおり、表紙の隅に施された金具の装丁も錆が浮いてきている。

 桃姫はローブの内ポケットから一本の古びた鍵を取り出すと、小口に設けられた鍵穴に差し込み、装丁の金具をぱちんと外した。早々お目に掛かることも出来ない代物に、五人は食い入って見つめるている。


 鍵を仕舞った桃姫は本を開くと、あらかじめ栞を指しておいた頁を開き、五人に見せた。

 そのページには見たことも無いような魔法陣と魔術の構築手順が、見開き一杯を埋め尽くすように書かれている。

 

 幾重にも正円の重なる魔法陣の中に、七角形の図形と、円状の古代文字。そして、魔法陣の中央には逆十字の紋章が描かれている。


 その魔法陣を囲むように書かれた文章。それはおそらく、この魔術の説明文なのであろうが、そこに使われている文字は、今現在のユーミリアスで使われているものではなかった。見たことも無い文字であり、それが羅列されている。

 ブロック体でも、筆記体でも、象形文字でもない。それは五人の頭に全く入っていない情報だ。当然ながら理解できない。


「この頁には時間転移の魔法陣の形成方法、そしてそれに必要な材料が書かれているわ」


 全く読めない魔導書を覗き込む五人に、桃姫が文章内の数行を指でなぞった。


「材料は一通り集めてあるの。あとはそれを書に従って組み立てるだけなのだけれど、それが結構厄介でね」

「それにひと月かかると言う訳ですね」


 ジョゼが魔導書から視線を上げて問う。

 それに対して桃姫が頷き、魔導書を閉じて自分の元へと引き寄せた。


「私もこればっかりに時間を取る訳にも行かなくてね。どうしてもそれくらいの日数を要するの。皆にはその間、万全の体勢を作っていてほしい」


 今回の行先、場所はいつもと変わらない。ユーミリアスだ。


 だが、今回は時代が違う。しかも未来と来ている。

 過去であれば教科書を開いて復習し直すことも出来るだろうが、その手も使えない。


「全く分からない場所な訳なんだもんな。これはしっかり用意する必要がありそうだぜ」


 ハチは腕を組み、頭の中で素早く持ち物リストと、手裏剣の携行枚数を考え始めた。


「戦闘に巻き込まれるとは限らないが、もしその場合、凄い技術が生まれてて、俺たちの武器で全く歯が立たなくなってる可能性もあり得そうだな」


 久も腕を組んで顎を指で撫でると、今の段階で思いつく限りの危険予測を行った。


「ああ。だが二十四時間でここに戻される訳だから、無理な戦闘を行う必要はないかもしれない。一日くらいならなんとか凌げるんじゃないか?」

「だね。一日くらいなら、なんとか逃げ回れそう」


 タケの考えに織葉が賛同した。


 未来がどうなっているか、どんな状況なのかはさっぱりだが、丸一日経てば自分たちはこの時代に強制的に戻されるのだ。

 その時間内だけであれば、隠れ、逃げ回る事は、自分たち五人の力を持ってすれば、そんなに難しくないように思えた。


「色んな事を想定した、多方向から計画を練る必要があるな。ともあれ先生、全件承知しました。こちらはこちらで準備を進めます。先生は魔術の方の準備をお願いします」


 久は一つまとめると、すぐ横の事務机の引き出しから一枚の書類を取り出し、右上の欄内に本日の日付を走り書くと、桃姫へと差し出した。仕事依頼の届け出書類だ。


 受け取った桃姫は、ローブの内ポケットから万年筆を取り出すと、契約規約を熟読し、頼内容と署名をさらさらと書いて久に手渡した。


「これで大丈夫かしら?」

「はい。大丈夫です」


 久は書類を受け取ると不備が無いか確認し、そう返答した。

 すると桃姫はにっこりと笑みを見せ、


「さてと、それじゃあ私は学園に戻るわ。皆の仕事を邪魔しちゃうしね」


 と、席を立った。


「先生、遠いとこからわざわざ、ありがとうございました」


 織葉は誰よりも早く席から立つと、その頭を垂れて見せた。方々が飛び跳ねたままの赤い髪が床へ向かって流れる。


「とんでもないわ。こちらこそ私の依頼、受けてくれてありがとう。何か分かったことがあればすぐに連絡するわ」

「分かりました。こちらもこちらで出来ることを済ませておきます」


 久から書類を受け取ったタケも椅子から立つと、桃姫に答えた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 桃姫は帽子を取ってもう一度頭を下げた後、セシリスのギルド支部を後にした。五人は入り口まで出て姿が見えなくなるまで桃姫を見送ると、一度部屋へ戻った。


「さてと、それじゃあ俺たちも仕事に戻るとするか。タケ、その書類管理、お願いするぜ」

「あぁ、了解だ」


 久の一声でそれぞれが持ち場に戻る中、タケは受け取った依頼届を手に、事務机に着いた。

 机に置いたその書類の依頼内容欄には、見事なまでの達筆で、「教え子のお迎え」と書かれている。


 引出しを開いて幾つかの判子を取り出し、依頼内容を淡々と正確にこなしていくタケ。

 そのタケの脳裏にふと、ゆいの後ろ姿が思い出された。 


 風に微かに揺れる銀髪が、書類の上を走らせるペンの動きを一瞬止めさせた。

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