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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
大陸を覆う者、再び
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Chapter14-1

大陸を覆う者、再び

 自分の意識が返ってきたと気づいたとき、五人は冷たい地面に頬ずりか、口づけをしていた。


 口と頬に感じる、砂利の食い込んだ感触。五人はぶるっと顔を振ってそれらを飛ばすと、首を上げ、上体を起こした。

 視界の先は、しっとりと霧雨が降っている。肌に感じるは高い湿度。鼻を通り抜けるは空気中に溶けた泥と樹木の匂い。


「ここは――」


 口に出さずとも分かっていた。自分たちが今、どこにいるのか。

 特徴的な石畳に、生い茂る竹林。眼前には石造りの階段と、古びた歓迎の幟。

 ここは、ユーリスだ。武神たちが自らを癒すために作り上げたこの地に、久たちはまた、辿り着く事が出来たのだ。


「今は昼……なのか」


 天を見上げたハチが不思議そうに言う。先ほどまでいた原生林は、月明かりもないような闇夜だった。しかしながらユーリスの地は、雨模様の昼過ぎに似た空色を映し出しており、天からはしっかりと雨を降らせている。

 竹林の湿気を吸ったかのような生暖かい雨粒の一つがハチの眉間にぶつかり、それが鼻筋を通り、あご先へ垂れた。ハチは前を向き、顎を伝う雨水を石畳へと落とした。


 前も同じく、ここに来た。それは数年前にもなる話だが、その時のことははっきりと鮮明に覚えている。

 立ち上る湯気の香り、夕日を浴びて黄金に煌めく竹林、穏やかながらも活気のある温泉街――

 場所は全く変わらない。どこかが壊れているわけでも、傷んでいるわけでもない。流れる空気はいたって普通で、雨もよく見る霧雨。どこからか敵意を感じることもない。


 大気中は笹を打つ雨音で満たされ、その音の中から微かに蛙の鳴き声が耳に届く。そんなよくある雨景色の音の中に、五人は微かに混ざる異なる音に気が付いた。濡れた地面を叩く、少し軽快にすら感じる音。下駄の音だ。


 硬い木材が石畳を蹴り込む、少し甲高い特徴的な音が、自分たちの元へと迫ってくる。足音を聞くに、下駄の主は早足だ。

 五人は間違いなく自分たちに近づいている足音の主に近づこうとはせず、その姿が階段最上部に現れるのを待った。


 霧吹きを吹き付けられるかのような粒子の細かい雨が顔を覆い、一つ、また一つと雫を鼻先や顎から垂らしていく。額を濡らす霧は睫毛にたまり、視界を少しぼやかして見せた。その時。

 波打つ視界に見えた、赤い番傘。早足に合わせて上下に揺れる赤い和傘は、雨模様の灰色の世界に一層映えて見せた。そして次第に見える、傘と下駄の持ち主。

 その持ち主は、肩を少し揺らして息をしながら、階段下の五人と目を合わせた。


「小紅、さん……!」


 階段の上で息を切らしていた人は、間違えようもない。かつてユーリスの煙亭でお世話をしてくれた女将、小紅だった。


 よっぽど急いだのだろうか、小紅の綺麗に結われた髪は所々が跳ね、簪は少し抜けかかっているのが見える。立派な朱色の着物も雨で汚れ、裾はたっぷりと雨水を吸っていた。

 まだ息が上がっているようで、小紅からまだ返答はない。久たちを見てなんと言うのか。五人は固唾を飲んでまった。

 その時、小紅も一つ唾を飲み、息を少しはいて五人に見なおった。


「皆様、よく、ご無事で」


 まだ少し呼吸の整わない中、小紅はいっぱいの安堵の笑みを浮かべながら、足を揃えて深々と頭を下げた。


「あたしたちを、覚えてくれているの!?」


 織葉が耐え切れずに叫ぶと、赤い髪から雨粒がはじけ飛んだ。


「勿論でございます。緋桜様。森の木々たちが、あなた達を迎え入れると聞き及び、飛んで参りました」

「木々たちが――」


 小紅はゆっくりと階段を降り、五人へと近づく。五人も直立していた広場からようやく足を動かし、階段の真下へと近づいていく。


「よかった……! 皆様がここに来てくれて……! ユーリスを忘れずにいて下さって、本当に良かった……!」


 煙亭の女将、小紅は地面が濡れていることも全く気に掛けず、膝を折り、両手で顔を覆った。少し肩を揺らすその姿からは、安堵とそれ以外の“何か”を感じさせた。


「小紅さん、この世界、いやユーミリアスは一体……」


 膝を着く小紅に対し自らも膝を着き、目線を合わせる久。小紅の肩に優しく手を置くと、もうその着物はしっとりと雨を吸って濡れていた。


「急ぎましょう。時間がありません。皆さまにお伝えしなければならないことが」


 濡れた顔を上げ、真剣な面持ちを見せる小紅。濡れた顔は涙か雨か分からなかったが、その表情はそれをものともしない程に真剣だった。


「一体、何が――」

「ともかくは宿へ。そこでお話しします」


 この天候の中、ここでは話せない。小紅はいつかと同じく一行を宿へと向かわせた。



 ◇ ◇ ◇



「……。」


 この場所で感じたことのない匂いが、夜の闇夜に溶け込んでいる。地上からかなり離れたこの高さでも感じるということは、地上はもっと派手なことになっているだろう。


 原生林の木々の頂点。それより少し高い所。赤い結晶に跨っているトウカは、その身を制止させていた。辺りは、闇。真下の木々たちはいつも通り何も言わず、動こうとしない。そしてやはり感じる、大気中に混ざった煙の臭い。


「この辺りか」


 掛けていたゴーグルを首元までずらし、直下の森を視認する。はっきりとしたものは何も見えないが、煙の出所は間違いなくこの下だ。それに、それと合わせて感じる、ひとかげの存在。


(数は……そんなに多くない)


 トウカは結晶横の穴にもう一度手を入れなおすと、そのまま真下に降りていった。


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