Chapter13-4
朱い目を見開き、後ろ足で地面を潰すように蹴りこんだ。爆発的な加速だ。一筋の炎が森の中を駆け巡り、一瞬のみ、周囲を昼間のように照らした。
「これで、最後!」
織葉はひとかげの周囲、何やら小さな斬り跡が付けられた大木を、全て居合切りのごとく、真横に凪ぎ斬った。そして赤い残像だけを残し、ひとかげの真ん前に舞い戻る。その間、僅か一秒。
織葉の体からは赤い光が消え、全身から湯気が上がる。
「あとは任せろ、さがれ!」
大技を出し切った織葉にハチが大声を飛ばす。織葉はすぐさま背面に飛び去り、そこでも構えを崩さず敵を凝視した。
「いくぜぇ! おらぁっ!」
いつしかロープに先に括り付けられているナイフ。ハチはそれを遠投するかのようなフォームで、左側の森めがけ、魔力を込めて放り投げた。
ィィイン!
ハチの籠手が一瞬光り、甲高い風切り音が残る。一本の矢のようにぶれもなく飛び出たそれは、繁茂する樹木に一つとして当たることなく、森の闇夜へ消える。
ズドォォォン……!
そして突如響く、木々が滅茶苦茶にぶつかり合う音。数十本の木々が突然その実をぶつかり合わせながら、轟音と枝が折れる音を爆音で響かせた。
ぶつかり合う音の中心。それは、大斧のひとかげが立っていた場所。見るとそこは今、何本もの木々がひとかげを磁石にしたかのように吸い寄せられて集まり、押しつぶされるようにして、その身の動きを止めていた。
潰れもせず、千切れもせず、ただ圧迫で身動きを止められたひとかげの姿が、木々の隙間から辛うじて見える。
「ふぅ。よっとと」
軽い身のこなしで織葉の横に戻るハチ。少し肩で息をしている。二人の見つめる先では、かすかな隙間から這い出ようとするひとかげの姿があるが、複雑にぶつかり合った樹木に押され、出てこれそうにない。身体の分裂もなく、作戦成功だ。
「織葉、あんがとな」
ハチは軽く横を向き、軽く織葉に礼をした。額には汗が滲んでいる。
二人の作戦は、まずハチが接敵。周囲を飛び回りながら倒しやすく丈夫な木々にナイフで斬り痕を残し、同時にそれらを手持ちのロープで手早く括り付けていく。更にその最中、斧の壊れやすいポイントを探り、大振りの攻撃を誘った。
ハチに誘われ、予想通りの横凪ぎが来た瞬間、織葉も接敵。ハチは織葉と斧の動きが止まる瞬間を見計らって目印になる傷をつけ、そこを織葉が断つ。
ハチはその間、ひとかげに一番近い樹木にロープ端を縛り付けた。そして織葉に合図を送り、印のある樹木を一気に凪ぎ斬らせた。
ロープに繋がれた樹木。そしてハチがナイフを投げることにより、ひき寄せられた木々が集まり、ひとかげを押し潰したのだ。
「お前もな」
汗を大粒で垂らしながら織葉も答える。体温は下がり始め、身体からの湯気は次第になくなっていく。
(よかった……。使、えた)
体を覆っていた魔力がすっかり消え、自分の魔芯にも魔力が残っていることを確かめた織葉は、ようやく大きく息を吐くことが出来た。
固着術。一度取り出した、“相対する二つ”の魔力を急激に取り込み、自らにブーストを掛ける魔法剣士の戦闘術。その威力は凄まじく、長時間の使用こそできないが、その一瞬の爆発力は戦場を駆け抜けてあらゆるものを斬り倒し、戦局を一瞬にしてひっくり返してしまう。文字通りの切り札。
だが、織葉はどうにも固着術を扱い切れず、どれほど鍛錬しても直ぐに魔力切れを起こしてしまい、復帰に時間が掛かると言う問題を抱えていた。
そこで織葉は時間を見つけては武郭へ帰省し、父、炎の手ほどきを受け、“一つの魔力だけをほんの一瞬固着する”という、織葉だけの応用術を体得すべく鍛錬をしていた。
そして、初実戦。それはまさについ先程のことだ。
発動は、たった1秒。出来不出来の感覚さえ掴めない僅かすぎる時間だったが、織葉がまだ握ったままの紅迅は、どこにも焼けも、焦げも、毀れもない。
美しい刃紋の愛刀は、「問題なく扱えた。大丈夫だった」と、その身を見せて語り掛けてくれていた。
「まだまだだ。もっと、もっと練習がいる」
納刀し、柄頭を少し撫でた。磨き抜かれた金物の感触が指先から伝わる。
「鍛錬は裏切らんからな。もっと伸びるぜ」
ポケットに手を突っ込みながら、ハチが織葉の背中を押した。ハチの目から見ても、卒業後からの織葉の成長は目を見張るものがある。しかも、まだまだ伸びしろがある。ハチは言葉にはしないが、織葉の剣技が更に冴えていくその姿に大きな期待を感じていた。
◇
「おおよそ、こんなもんか?」
少し離れた場所に立つひとかげを軽く打ち抜き、大木に磔にしたタケがふり返った。あたりには数体、武器を無くしたひとかげが同じように大木に打ちつけられている。動けなくなったひとかげは看板の張り紙のように、その身を少し、ぺらぺらと揺らしている。
図らずしも明かりが灯った森の中。五人はそれぞれの戦法でひとかげを破壊することなく、その身を封じていった。
「こっちも、これで……よし! 一旦集まれそうか?」
声の主は久。久は槍を背中に担いだまま、体術でひとかげから武器を奪い、そのまま担ぎ上げては最寄りの崖から次々に放り投げていた。
「ええ。大丈夫そう」
盗賊二人も織葉も、ひとかげを投げて川や崖に落としたりなどして、一体も破壊せずに事なきを得ていた。織葉とハチが封じ込めた巨大なひとかげも、未だその場所から抜け出せていない。
「全員、ケガしてねえか」
袖についた泥を軽く払い、ハチが全員を見回す。どうやら大丈夫そうだ。
「途中、炎が上がったから良かったが……かなり危なかったな」
織葉が最初の一撃をかろうじて見切り、視界が確保されたから難を逃れたものの、危ない状況だったのは間違いない。初撃で織葉が負傷していた可能性も十分にあったし、明かりが灯らなければ自分たちが崖や川で地の利で不利を被ったかもしれない。五人は今一度、それぞれが持っていた運に感謝した。
「三十分ぐらい食ったな。さてと、そんでユーリスは、っと」
体感、三十分ほどの戦闘。久は念のため懐中時計をちらと見たが、概ね正解だった。そして肝心の目的地、ユーリスにまた目標を定める。
まだ少し小火の残る原生林は、先ほどに比べかなり見通しがきく。だが、何か新たな発見があるわけでもなかった。視界が確保されても、ここは原生林のど真ん中に変わりない。あたりはやはり、木、岩、蔓だ。
「……分かってたけど、入り口も何もねぇな」
腰に手をつくハチ。鼻をくんくんと揺らしてみたが、数年前に香った硫黄らしき匂いもない。
「無作為に歩き回るのもなあ。でも、うーん」
先ほどの戦闘を思うと、明かりが確保されている場所から進んで動きたくはない。だが、ここに入口があるとも考えにくい。織葉も次の一手に悩む。
「森の木々たちは見てるって、確か小紅さん言ってたわよね。今の状況、伝わらないかしら」
数年前ユーリスに着いた時、煙亭の女将、小紅は久たちの状況を森の木々から聞かされていたと話していた。更には初めて“かげ”と遭遇した時も、木々が人でない者が森をうろついていると、小紅に伝えていたと記憶している。
ならば、今の状況も知ってくれているのではないか。ジョゼは最寄りの木を撫で、その巨木を見上げた。少し湿り、ざらついた表皮がジョゼの手のひらを優しく刺激する。
巨木の頂点を見るには光が足りない。木々の葉は、かすかに揺れている――
「(あなたたちは――)」
「うおっ! 何だ!」
ジョゼが驚いて手を引くより早く、久が驚愕の声を上げた。
「今の、誰だ!?」
「わ、わからん!」
大気に響く、声――
「(あなたたちは、かの場所を目指すのですか?)」
「かの、場所……?」
聞き間違いではない、確かな声。女性、だと思われる。だが、何処からか分からない。タケはあちこちに目を光らせて所を探りながら、声の主に返答する。
「(かの場所に行きたいのであれば、連れて行きましょう――)」
原生林にその声が溶け消えゆくその瞬間、五人は目を疑った。
「これは! この、霧は――!」
夜なのに見える、白い靄。あたり一帯はそれに包まれ、五人の輪郭がぼやけ始めた。生暖かいそれは五人をいつしか包み込んでいた。
「(そのまま、進みなさい。癒し求める、旅人たちよ)」
視界が白い。何も見えない。生温かで、湿度のあるそれに覆われていく。
「(森を守ってくれて、ありがとう――)」
最後の言葉のその刹那、五人の体から、意識がふっと離れた。
森の小火は、いつしか消えていた。辺りでは煙が点々と上がり、その白煙も闇に戻った森の中に吸い込まれていく。
森はまた、全てから隠れるように、その動きをぴたりと止め、自らの時間を凍らせた。




