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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
死夜を往く
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Chapter13-1

死夜を往く

「五人は!? 五人はどこに行ったの!?」


 先ほどよりも灯る蝋燭の本数が増えた格納庫に、慌てた声を上げながらトウカが階段を駆け上がってきた。見ると格納庫には先ほどの三人の隊員を始め、沢山の隊員が集まっていた。


「申し訳ありません。行先は不明です。浮遊結晶を五基奪われてしまいました」


 三人組の一人がトウカに歩み寄り、弦を切られた弓と、手すりから抜き取ったハチの手裏剣を見せながら報告する。


「迂闊だった。やっぱり監視を設けるべきだったわ……」


 トウカは鋭い目つきで額を擦った手で覆った。

 軍団長と自身を含めてしっかりと話し合い、打つ手が無いと結論付けた五人。その一行は時間まで安全な地に身を置くと思っていたが、浅はかだった。五人は巡回警備の目をかいくぐり、この格納庫にまで辿り着き、挙句、浮遊結晶をも奪っていった。


「通路も途中で閉鎖しましたが、そこでも確認はありません」


 少し離れた隊員からの閉鎖報告も聞こえてくる。だが、もうその策は意味をなしていないだろうと、トウカは結晶の速度を踏まえて結論付ける。


「どこに方面へ飛んで行ったか……そんなの知らないわよね」

「不明です。現在、地上に隊をいくつか向かわせていますが、既に近辺を離れた可能性は……」


 額から手を退けて問うトウカに対し、発進口の下に立っていた一人の隊員が答える。地上に向かっている班が間に合わなければ、あの闇夜ではもう見当がつかない。地下深く、堅牢に作り上げた地下施設が裏目に出てしまっていた。


「……出て、行ったのね」


 トウカが下唇を噛もうとした瞬間、背後から悲しげな声が投げかけられた。トウカは思わず口を開いて挟もうとしていた下唇と開放すると、階段へと身体を回した。


「……軍団長」


 そこには階段を上がりきった、軍団長ジョゼットの姿があった。他の隊員と同じく茶色いローブで身を包んでいるジョゼットの表情は、想像通りのものだった。


「軍団長、その……」

「いいわ。強い監視は不必要と判断したのは私だもの」


 顔をあげて無理に笑みを作るジョゼット。ジョゼットは五人が部屋に入った後、トウカに対し「監視は必要ない」と伝えていた。トウカは少なからず必要ではないのかと食い下がったが、ジョゼットは、必要なら私がするからと、トウカに頭を下げて頼んでいた。


「ですが軍団長、彼らのことは許したとしても、浮遊結晶を五基も奪われたのは看過できません。どうするんですか」


 タケの見解通り、浮遊結晶は相当な希少品であり、この組織にとっての貴重品。財産と言っても過言ないものだった。それを五基も無くしたという点はあまりにも大きい。五人の単なる脱走ならトウカも目を瞑ったかもしれないが、貴重な移動手段を奪われての脱走となると、小隊長としても見過ごすことは出来ない。


「……そう、ね」


 結晶の希少度は誰よりもジョゼットが知っている。ここにある幾つかの結晶を手に入れるための捜索で、何人もの犠牲者が出たこともあった。

 それを指揮統括したのもまた、自分自身だった。


「軍団長、彼らの向かいそうな――」

「……知ってるわ。五人の向かった場所」


 そして冷やかに、トウカの発言を遮った。

 初めて聞いたかもしれない、ジョゼットの冷徹な口調。その言葉と声色は一瞬にして格納庫内に広がり、それまで忙しなく動いていた隊員たちの動きを全て止めさせた。


「ど、どうして――」

「全部、聞いていたからよ」


 会話の、全てを。

 淡々と事実を告げる軍団長は、いつもの見慣れた人物ではなかった。


 優しく柔和な軍団長の裏――いや、本当の顔。

 かつて存在した盗賊の街で、最強の二人組と謳われた、その片割れ。その手裏剣使い(アサルター)の本性を、トウカはその表情から初めて垣間見た。


「それで、彼らは……」


 焦点の定まっていないかのような、恐ろしいまでの真剣な表情のジョゼットに、いつもよりも口調が丸くなるトウカ。極限まで表情をそぎ落としたジョゼットの顔に、恐怖すら覚える。


「………。」


 そして、ジョゼットはトウカに焦点を合わせ、五人の行先を口にした。


「トウカ、準備して直ぐに向かって」

「分かりました。人員と準備をすぐに整えます」


 軍団長からの指示に二つ返事で答えるトウカ。頭の中には出撃する人員や、準備物の用意がパズルのように瞬時に組み上がっていく。


「発見後の対処もあなたに任せるわ。好きにして」


 発見後の処遇。それもトウカに一任し、返事を聞いたジョゼットは、表情一つ崩すことなく、頷いてトウカに準備を促した。



◇ ◇ ◇



 頭上に圧し掛かっていた風圧は、いつしか頬を撫でる風向きに変わっていた。

 さながら馬にまたがるように、背を曲げて体重をクリスタルに預ける五人は、くの字の隊列を組みながら、夜風を切り抜けるように飛翔していた。


「こりゃいいな! 最高だぜ!」


 隊列の先頭を飛ぶ久が感動の叫びを上げ、自身の右に着くタケに笑って見せた。久の顔は星と月明かりがない死夜の世界でもはっきりと見えた。


 残り時間と、ひとかげという大きな二点に阻まれている五人にとって、この浮遊結晶での移動は、まさに渡りに船。完璧すぎるものだった。

 飛行移動によって地形や道のりを完全に無視して直線で移動出来るし、結晶にはひとかげが湧くスペースもない。高度を高く取っていれば、地上からの攻撃も関係ない。


(あの格納庫に辿り着いたことが奇跡みたいなものだな。――奇跡や偶然であれば、だけど)


 進行方向を向きなおした久の脳裏に浮かぶ、一つの疑問。この奇跡は本当に奇跡なのか、否か。

 自分たちの脱走を隊員に見られている以上、今、本部は騒然となっているに違いない。ましてやただの脱走ではなく、自分たちの世界ですら希少品とされる浮遊結晶を五つも無断拝借しているのだ。こうなってしまった以上、ジョゼットとトウカが率いる隊員たちが動くのは明白。自分たちというより、これを取り戻しに来るだろう。


 セピスから離れ、大麗樹に向かって一直線に空を飛ぶ五人。五人の真下はすでに大麗樹へと続く原生林が始まっており、振り返ってももう、飛び立ったセピスは闇に呑まれて消えている。


「見た感じ、つけられてるとかはなさそうだな」


 加速して久に並ぶ織葉。二人はもう一度振り返ってみたが、やはり視線の先に追尾の影はない。加えて、背後や周囲に気を向けている盗賊二人が何も言わないところを見ても、少なくとも本部出発から今までは安全の筈だ。


 所々聳える、自分たちの高さにまで迫る大木を上下左右に避けながら五人はさらに進んでいく。時折、自分たちの風で木々の葉が揺れ、静かな夜にかさかさと葉同士が擦れあう音が鳴る。だが、耳に入る音はそれだけで、夜行性の動物たちの鳴き声はおろか、羽を擦り合わせる虫の音すらしない。


 幾多の生命を抱きかかえている筈の原生林は、異様なまでに静かだ。木々すらも息を潜め、何かに意識を向けられないようにしているように見える。

 あんなにも雄々しく頼もしく見えた原生林の樹木たちが、まるで自分たちは単なる枝と言わんばかりに立ちつくしている。太く頼もしい樹木は、この世界にはなかった。


「久、そろそろ高度を落とそう。空中から看板を探すのはやはり困難だ」


 少し後ろから久に届く、タケの声。五人が目指すユーリスへの目印は、あの古びた小さな看板だけである。さすがにあの看板を、夜の空中から探すのには無理がある。久は頷いて見せると、そのまま振り返って、左右に広がる三人に降下の旨を伝達した。


 そして、結晶の先をゆっくりと地面の方へと向ける久。結晶は下り坂を下りるように高度をどんどんと下げていき、数秒後には五人は木々の間にまで高度を落とした。


 木々の間をすり抜けながら、五人は地面との距離を狭めていく。その高さは地上十メートルほどになり、夜の真っ暗な地面を五基の結晶が仄かに青く照らしている。


 ひとかげの出現も考慮に入れ、地面の見える今の高さから高度は落とさない。真っ暗闇の深森の中、結晶には跨っているだけなので、前後左右からの遠距離攻撃を防ぐのは至難の業だ。なるべく深く結晶に跨り、出来るだけ太い樹木を死角にするように、森を縫って飛んでいく。

 幸いなことに、原生林の中はひどく荒されたり、破壊されたりしていなかった。ひとかげの出現がここにあるのかどうかは分からないが、大きな戦闘などはないように思える。


(ま、ここで出会っちまったら終わりだけどな)


 夜に溶け込む木々の隙間や枝の上に目を凝らすハチ。僅かな月明かりも、星明かりも一つないこの原生林の中では、ハチの目をもってしても見えにくい。最寄りの木々は自分から周囲二、三本を見るのが精一杯だ。


「看板の正確な位置、覚えてるか?」


 見回すハチに、久も周囲を見回しながら問う。二人の視線は互いにぶつからない。


「もう少し北東に進んだとこだったと思うけどな」


 変わり映えのしない森の中、その位置を記憶しているハチ。二手に分かれる道の突き当りに立ててあった、あの看板までの距離はもうそんなに遠くない。五人は気を引き締めた。


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