Chapter1-6
「それで、依頼についての詳細なのだけれど」
一同は昼食を手早く平らげると、その机を片付け、桃姫からの依頼内容とその方法を聞く体勢を作った。
「まず、皆が疑問に思っているであろう未来に行く方法、時間移動だけれど、これについてはちゃんと方法が存在する。一応、転移技術として方法は存在しているの」
桃姫本人が未来に言ってほしいと頼んだ手前、その方法は存在しているのだろうと五人は感じていたが、初めて聞く話に変わりはなかった。
「ユーミリアスには武神の塔っていう、意味の分からないものが存在しているくらいだからね」
桃姫は冗談を混ぜて場の空気を柔和にしつつ、話に戻る。
「具体的な術式とかの話は省くけれど、簡単に説明すると、シオンからのびる魔力線を辿る転移魔法を構成するの。皆にはそれに入ってもらって、出た先でゆいを探して、戻る。こういう形ね」
「え? たったそれだけ?」
思わずハチが突っ込んだ。時間移動という大それた言動、行動と、それに伴う依頼があまりにも単純だったのだ。
無論、術式の構成などは難易度が高いのかもしれないが、自分たちが負うリスクは、出た先での戦闘くらいなものではないかと、ハチは思っていた。
「そう言われると思っていたわ。――確かに、依頼自体は簡単よ。でもね、ここからが重要な話」
依頼を持ちかけたのも、二年かけて調べたのも桃姫だ。当然、ハチの抱く疑問にも気が付いている。桃姫はさらに、ゆっくりと口を開いた。
「時間移動の転移魔法は超上級魔術。だから、いくつかの制約があるの」
まず、一つ目と、桃姫が指を一本立てた。
「この転移には時間制限があるの。時空を渡っていられる時間は、丸一日分。つまり、時間にして二十四時間。その時間を過ぎると、強制的に皆は元の時間、つまりこの時間に戻されてしまう」
時間移動には、制限時間が設けられていた。
別の時間から来た者は、別の次元では生きていけないのだ。
そもそも存在しないはずの人間が次元を渡ると、過去と未来に皺寄せが出来てしまう。世界と言う大きな流れはそれを拒み、自身の形を保つために、次元の渡来者を丸一日程度の時間で元の場所に戻してしまうのだと、桃姫は述べた。
「そして二つ目」
桃姫がもう一本、曲げていた指を立てた。
「行く前に言うのも申し訳ない話だけれど、時間移動転移は、術式が非常に不安定なの。成功確率は七割を切るわ」
二点目は、その成功確率の割合についてだった。
「空間と時間、世界に穴をあけてそこを通るわけだから、当然、その三つの大きな存在がそれを拒もうとする。普通の転移魔法は失敗してもそこから移動しないか、最悪でも、少し離れた場所に飛ばされて済むのだけれど、時間移動はそうではないわ。失敗するとどうなるかは――ごめんなさい。私にも予想がつかない」
二点目の説明を受け、部屋にひやりとした空気が流れた。
成功確率、七割。
この数字が高いと取るか、低いと取るか。
十に近いかと問われれば近い方ではある。
だが、桃姫が十割成功させる通常の転移魔法に比べると、その差は遥かに大きい。しかも、失敗時にどうなるかが全く予想できないのだ。
三割のリスクが予想できない。
何も起きずに終わるのか、消滅してしまったりするのか。その危険度すら分からないのだ。
「それで、最後なのだけれど――」
桃姫は指を立てず、手を机の上に戻した。
「時間転移が出来るのは、一回限りよ。成功であっても、失敗であっても」
机の上に戻した手を組む桃姫の口調が、今日一番強くなった。
「たった一回、ですか?」
久が目を丸くした。
それに対し桃姫はゆっくりと頷く。
「ええ。たったの一回よ。時間転移の魔法には、魔法使い一人分の魔力。つまり、一人の魔芯が必要なの。――だから、一回よ」
「!? まさか、桃姫先生っ!?」
静聴してしたタケが取り乱した。
勢いよく椅子から立ち上がると、大声で自分の師匠の名を叫んだ。
「先生、自らの魔力と引き換えるつもりですか!?」
鼻眼鏡の奥の、鋭利な目が桃姫に突き刺さった。
師匠には向けまいとしていたその目を、とうとうタケは向けてしまった。
「そうよ。ゆいを助けられるのかもしれないのなら、この魔力、惜しくはないわ。私の魔力を捧げて、転移魔術を完成させる」
タケの目を見返す、更に強い眼差し。
誰も、口を開くことが出来ない。
「だから、お願い。皆、最後の私を助けてください」
そう言うと桃姫は、椅子から立ち上がり、帽子を取った。
濃紺の帽子の下から露わになる、桃色の髪。
桃姫はその頭を五人へと下げた。