Chapter12-5
「タケさん、これ、何か分かる? 魔法石っぽいけど……」
青く光るクリスタルを叩いたり、撫でたりしながら織葉が問う。タケもその横に歩み寄ると、その大きなクリスタルに触れた。
良く研磨されたそのクリスタルは、中心の一番大きな直径が五十センチほどあり、全長は二メートル近い。かなりの重さになるはずだが、床から一メートル程の位置で、確かに浮遊している。
仄かに光らせるその姿は神秘的だ。円錐のやや中央には巨大な指輪のような金のリングが嵌められており、それも神秘的に見えるよう一役買っている。
クリスタルの上には何故か革製の座布団のようなものが敷かれており、ベルトで巻きつけてある。良くなめされた頑丈な革布だ。
そしてこの距離まで近づいて見える、もう一つの不思議な点。
それは、リングが掛けてある方とは逆側の円錐の根元付近の両側面に、そこから円錐先に向かうように穴が開けられている。大きさは片腕が入るほどで、両手は入りそうにない。
タケがひとしきりクリスタルを観察し終わる頃には全員が集まっており、しゃがみながら観察するタケの姿と、装飾された浮遊するクリスタルを交互に眺め見ていた。
「これは……」
そして立ち上がったタケは、一度眼鏡を指で押して掛けなおすと、そのままクリスタルに跨った。
「タケさん!? これは一体、何?」
急に跨る動作に少し驚く織葉。タケを乗せたクリスタルは、乗った瞬間少し沈みこんだが、それでもその身を床につけることはなく、先ほどまでの高さに次第に浮き戻って見せた。
「こいつは、おそらく――」
そしてタケは馬に跨るように姿勢を前に倒すと、両側面に開けられた穴に手を差し込んだ。タケの予想は的中した。
手を穴に差し入れた直後、仄かだったクリスタルの輝きが増し、タケを乗せたクリスタルはさらに上昇し始めた。呆気に取られる四人を他所に上昇していくタケは、男二人が肩車するよりも高い位置にいた。
「まさか、これって」
頭上に浮遊するタケとクリスタルを見て、ジョゼの頭の中に、一つの記述が掘り起こされた。それは確か、タケから借りた何かの書物に記載されていた、魔道具の一つ。
そしてタケは少し、その結晶を後退させて見せた。クリスタルはタケの意志に従い、ふんわりと後退し、そして床へと着陸した。
「これは、浮遊結晶だ」
足を後ろに振り上げ、跨っていたクリスタルからタケは床に戻る。その名称は、ジョゼの記憶に蘇ったものと、まさに同じだった。
「資材庫にしてはどうもおかしいと思っていたが、これではっきりした。ここは格納庫だ。この穴はおそらく、浮遊結晶の発進口だろう」
「なるほど。これが探知阻害の原因だったのね」
タケとともにもう一度天井を仰ぐジョゼ。目の前で大口を開く、この必要以上に大きな穴は、結晶に跨ったまま通り抜けるためのものだ。つまり、この穴は間違いなく、どこかに繋がっている。
そのどこかは、間違いなく、自分たちが今向かおうとしている場所だ。
「だとすりゃ、俺たちのプランは決まったな」
刹那、ニヤリと笑った久が最寄りの布を引き退けた。
同様に姿を現す、青い結晶。久の考えたプランは、もはや説明されるまでもなかった。ジョゼもハチも織葉も、身近にある布をバサバサと引っ張り、露わになった結晶に飛び乗るように跨った。
「みんな、側面にある穴に手を入れてくれ」
一度浮遊したタケが乗り方を指南する。四人はそれに従うと、それぞれの手を穴に差し込んだ。穴の中はひんやりと冷たく、研磨された表面がつるりと心地よい。奥には五指が収まるように五つの穴が開けられており、四人はそこに指を全て差し込んだ。
「簡単だ。動きたい方向を意識すればいい」
そう言って先に浮かび上がって見せるタケ。それに続き、四人もふわりと浮かび上がる。
「うおっ! こいつぁはいいぜ!」
タケの横に並び浮かんだハチがにやける。自在に空を飛ぶ経験に、心が躍っている。
「オレたちの時代でもかなり希少なものの筈だ。この時代に残っているのはまさに奇跡だよ」
そして全員が浮かび上がる。ふわふわと上下に揺れながら、三人がタケとハチの横に並んだ。
「加速と制動も意識を向けるだけでいいが、さらに加速する際は意識に加えて、手から魔力を送り込んでくれ。急制動はその逆だ」
「了解、っと。……持って帰りたいくらいだ、これ」
前後左右に少しずつ動き、操作を確認する織葉。魔力の扱いが不得手な織葉でさえ扱えるこの便利さに、惚れてしまいそうになる。
「よし、それじゃあこいつを拝借して――」
「お前たち! そこで何してるっ!!」
久が出発の号令をかけ始めたまさにその瞬間、五人の背後から聞きなれない怖色の怒声が飛んだ。五人は少し驚いて振り向くと、階段を上がった場所に三人組の隊員が立っていた。
「お前たち、トウカ隊長の言っていた――! ともかく、それから降りろ!」
そして三人の隊員は背負っていた弓を構えた。
「やべえ。見つかったぞ」
全く危機感を覚えさせない口調で後退するハチ。ハチはそのまま後部を左に振ると、四人を守るように結晶を横に向け、舌を出して三人に見せた。
「お前っ……! 撃て!」
煽られ、矢を放つ三人。秒間に三本は射られる正確な射撃。その射撃は的を外すことなくハチに向かい――
しゅぱっ。
そしてばらばらと、ハチの真下に真っ二つになって落ちて行った。
「ばーか。下手くそめ。タケに習いな」
いつの間にかハチの右手に握られている愛用のナイフ。それが全てを切り裂いていた。三人の射撃は正確だったが、所詮、ただの射撃。ハチの技量には遠く及ばない。
「ほいっ、と」
そして頭上に軽く放り投げられる、ハチのナイフ。ナイフは空中でゆっくりと回転し、中を舞い、重力に従ってハチの手に戻った。
ピィン!
その瞬間、三人組の弓の弦が高い音を一つ立てて弾け切れた。そして階段の手すりに突き刺さる、一枚の四方手裏剣。ハチの投擲に必要な時間は、ナイフを投げて戻るまでの間で十分だった。
「じゃあな。ちょっと借りてくぜ」
ちょっと気取って見せるハチ。ハチはわざとらしく片手をあげて三人に挨拶すると、結晶の向きを戻し、一番に穴の中に消えていった。
「待て! くそっ、隊長に通達を入れろ!」
真ん中の隊員が両側の隊員に指示を飛ばした頃には既に、五人の姿は消えていた。
頭頂部に感じる空気の壁。それを頭で押し開きながら、五人は上昇を続けていた。
時刻の所為なのか分からないが、通路は真っ暗で、自分たちの付近だけが浮遊結晶によって青白く照らされている。目の先も、四、五メートルを視認するのが関の山だ。
耳元をごうごうと音を立てながら、真下に吸い込まれていく空気。風の流れを逆流する自分たちの動きを捕えるかのように、頭と肩に厚く重い空気が圧し掛かってくる。
出口は、まだ見えない。
久たち五人は星のない、あの濃紺の夜空を目指しながら、髪を靡かせ、服をはためかせた。