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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
安息は危機の下に
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Chapter12-3

 時刻は深夜、一時三十分を過ぎた頃。

 五人は静かに部屋を抜け出し、足音を殺して通路を一列で進んでいた。


 先頭にはジョゼが立ち、その後ろにタケ、織葉、久と続き、ハチが殿(しんがり)を担っている。周囲の気配察知に秀でる盗賊職の二人を前後に据えるという陣形だ。

 足裏に伝う地面の感覚を確かめながら、壁に這うようにして、五人は静かに進んで行く。目指すは自分たちがこの場所に初めて転移した空間。体育館の学園旗を握った直後に移動していた、あの広い場所を目指すこととなった。


 うろ覚えでしかない洞内の通路を進むと、どこからか冷たい風が時折吹き、股座を抜けていく。

 ユーリスへの出発が決まった直後、大きな準備も必要ない五人は、出発を軍団長に告げるかどうかを話し合った。


 当人のジョゼを含めた五人の判断は「告げない」というものだった。その結論の中には、ジョゼ自身が提言した、「自分のやるべきことを、自分の力で遂行すると示したい」という考えも含まれていた。


 四人は自分たちの考えに加え、そのジョゼの判断を尊重し、結果、足音と気配を殺して部屋から出て、今に至っている。

 アジト内、ひいては洞窟内は静まり返っていた。深い地下に位置していると言うこの場所には、外界の音は一つも流れ込まず、聞こえるのは時折吹く、自然洞窟からの風の音だけだ。


 夜も深いからか、他の隊員の気配もない。それでも五人は巡回任務に就いている隊員は居ると考え、周囲の気配や物音に注意しながら、転移後に訪れた空間を探していく。


「(どこも同じような景色で参るな……)」


 足音を殺しながら、声も忍ばせる久。まるで巨大な蟻の巣を行くかのようで、目に入るのはどこまでも変わらない坑道と、その通路に時折置かれている樽や木箱などの備品だけ。壁には案内板の類一つなく、自分たちがどこに居るのかすら分からない。


 変わらない景色の中、勘と手探りで進みゆく五人。我ながら無策な事を言い出したもんだと、タケは眼鏡の奥から行動の先を見据え、ここに辿り着いた時の微かな記憶と自分たちの現在地をリンクさせようとする。

 目に入るは真っ直ぐ続く坑道と、その左の壁に沿うようにして置かれている二つの木箱と大樽。それ以外のヒントは無い。

 何か他にも目印になるようなものはないかと、タケが少し首を右に傾けた途端、先陣を切るジョゼが音も立てずに右手を横に広げ、掌を開いて後ろに向けた。


 誰もが見て分かる制止の合図。五人は足音を立てずに進む足を減速させると、坑道の左側の壁に背中をぴたりとつけ、最寄りの木箱と樽の物陰に隠れた。


「(私たち以外の足音がするわ)」


 しゃがんで背中を壁に密着させたまま、少し顔を右に向け、自分に続く四人に囁くジョゼ。茶色い長髪の後ろに見え隠れするジョゼの小さな耳が、自分たち以外の足音を捉えていた。


「(つけられている感じではないわね)」


 ジョゼに反応するハチ。ハチもその微かな音を拾っていた。

 目を閉じて視覚情報を遮断するジョゼ。すると脳が聴力に加担したかのように、先程よりも確かに足音が耳に届いた。


「(だな。俺らに気付いてる気配もねえな……)」

「(こっちに向かって来るか?)」


 久が樽影から少し顔を覗かせながらハチに訊く。久も気配の察知には優れているが、盗賊の二人には到底及ばない。自分にはまだ聞こえないその音の情報の詳細を、最後尾のハチに小声で問うた。


「(音の具合からするに――)」


 踵の当たる音、つま先が床を蹴る速さ、服の擦れ、反響の具合――


「(近づいて来るわ)」

「(こっちにきやがる)」


 二人が出した答えは揃っていた。まだ遠いその足音は確実にこちらの方へと向かってきている。


「(ジョゼ、あとどれくらいだ)」


 前後を見える範囲まで伺いながら素早く尋ねるタケ。自分たちの前後にはまだ人影や気配はない。


「(数十メートル……ってとこかしら。二人、前から来るわよ)」


 ジョゼは目を開くと、タケを見据えて答えた。


「(来た道は真っ直ぐよ。戻る訳にはいかないーー。分かれてこの箱と樽に入りましょ。やり過ごすしかないわ。)」

「(了解だ)」


 ジョゼの作戦に頷く久。三人も同じく頷くと、音も無く木箱と樽の物陰から立ち上がり、それぞれの蓋を開いた。


「(げっ。こいつ水樽かよ!)」


 二つの樽の内、最寄りの一つを開けたハチ。入るには十分な大きさだったが、なんと中は水で満たされていた。


「(こっちもだ。満タンだな……)」

「(木箱は二つとも空よ。二人なら入れると思うけど……)」


 久が開いた樽にも水が満たされていた。織葉とジョゼが開いた木箱は幸い二つとも空だったが、一箱に三人は入りそうになかった。


「(オレが樽に入る。二人は木箱に入れ!)」


 反応するよりも早く、タケは地面に転がっていた二枚の樽蓋を素早く拾い上げると、柵を飛び越えるような動作で一つの樽に飛び込んだ。直後、体積が増えた分の水が樽から溢れ出て、坑道の地面にざばざばと流れ出た。


「(タケっ!)」

「(大丈夫だ。考えがある。――足音の連中が完全に通過したら、合図を送ってくれ)」


 もうずっぷりと濡れたタケは久の不安をよそに、拾い上げた一枚の蓋をもう一つの樽に元通りにすると、もう一枚には、腰から引き抜いた一対のナイフを、樽蓋の裏面に二本とも突き立てた。


「(……分かった。少しの間、辛抱頼む!)」


 後ろ髪を引かれる思いで木箱に入り込む久。そして木箱に入った四人は、蓋をゆっくりと閉じると、木箱の中で息を殺した。


「(よし、あとは――)」


 四人が気配を殺したのを感じ取ると、タケはもう一つの樽に手を伸ばし、樽の側面に差し込まれていたコルク栓を力いっぱい引き抜き、地面に落とした。


 ぎゅぽんっ。


 弾力のあるコルクが抜けると同時に、弧を描いて溢れ出る樽の水。どくどくと空気を噛みながら鼓動のように溢れる水は、すぐさま地面を水浸しにした。


「(これで……!)」


 そしてタケは、ナイフを突き立てた樽蓋を持つと、そのまま樽内にしゃがみ込み、蓋を内側から閉めた。


(間に、合ったな)


 自身の体積分生まれた、水面と樽蓋の空間で静かに息を吐くタケ。両手は今も蓋に突き刺さっている、ナイフの柄をしっかりと握っている。

 一人分の狭い空間の中で耳を澄ますと、もう横の樽からの吐水音は聞こえなかった。どうやらコルク栓の位置まで水位は下がったようだ。


(あとは上手くやり過ごすだけだな……)


 自身が樽に入ったことで溢れた水を、横の樽の栓が外れたことにして隠蔽を計ったタケ。自分の樽の蓋もナイフで突き立てて固定している為、易々と開けられることもない筈だ。


(ジョゼの見立て通りだと、もうそろそろか――)


「なぁ、そういえば新しいあの話、聞いたか? 赤色の奴」

「ああ聞いた聞いた。俺はまだ見てないけど、運良く格納庫で一目見れた奴もいるらしい」


(来た――!)


 樽の内側に居ても聞こえた、確かな話声。タケは一層息と動きを忍ばせ、樽内で水を波立たせないようにした。


(男の二人組、か)


 もうこの距離ならタケの耳でも足音が聞こえる。その音と会話のやりとりからするに、ジョゼの推察通りの二人だ。


「らしいな。整備班から聞いた話なんだが――おい、あれ」

(来る……!)


 途端、話が途切れ、足音が早くなって音が一気に近づいてきた。どうやらタケのぶちまけた水に気が付いたようだ。

 タケの鼓動が隊員の足音と比例して早まって行く。心臓は胸板を揺らすほどに鼓動し、小さく水面を揺らしているとも思える。


 駆ける足音はどんどんと近づき、そして予想通り、樽板を一枚隔てた位置で弱まって行く。水溜まりを踏んだ時に酷似した、びちゃびちゃという音がすぐ横から聞こえてくる。


「水浸しだぞ。漏れてんのか?」

「あー、これだ。この樽の栓が抜けてやがる」


 状況を確認した二人の内一人が、樽のすぐそばで転がっているコルク栓を拾い上げ、もう一人に見せると、もとあったように樽横の穴に強く差しこんだ。


「ぼろ樽ばっかだなぁ。こっちの樽は大丈夫だろうな」

(……。)


 二人の男の視線がもう一つの樽に向く。当然二人から樽の中は見えていないが、タケは痛いほど自分に無意識に突き刺さる視線に緊張した。蓋に刺さったナイフを握る手に力がこもる。


 どんっ。


 そして突如、樽に小さな衝撃が走る。一人の男が樽を蹴ったのだ。顎下にまで迫っている水面が、ちゃぷんと跳ね、タケの眼鏡に水を掛けた。


「音からしてこっちは大丈夫そうだ、蓋も――」

(――!?)


 タケの手に感じる、引っ張り上げられる感覚。タケはいきなり力を加えないように、徐々に、それでいながら腕に力を込めた。


(抜けるなよ……!)

「――大丈夫だな。しっかり閉じてある。こっちはまだ新しそうだ」


 そしてタケの腕に掛かっていた負荷が、ふっと消えた。男が蓋から手を離したようだ。


「ともかく補給部の連中かトウカ隊長に報告しとかないとだな。一樽漏れてるって」

「だな。この後休憩室に戻るから、そこに居る奴に報告しとくよ。――そういや隊長で思い出したけど、新型、まず隊長が乗るらしいぜ。安全性を自身で確認して、駄目なら採用見送るらしい」

「まじか。本当、隊長には頭が上がらんな……。」

「だよなぁ。そんなの俺らに任せてくれりゃいいのに――」


 そして段々と遠ざかる、二人の足音と話し声。それがかなりの距離になったと分かった時、タケは肩から力を抜き、頭を樽内にもたれさせた。思わず口から息が抜ける。


(……やり過ごせたな)


 トントントントントン。


 そして脱力したタケの頭上から降りかかる、五回のノック音。この不自然な音は、久に頼んでいた合図の音に違いない。タケは蓋を持ち上げる様に、掴んだままのナイフを持ち上げ、蓋を開いた。

 灯りの差し込む樽の中。上を見ると、久と織葉が不安そうに覗きこんでいた。


「……よかった。ドキドキしたぜ」

「タケさん、ありがとう」


 二人は胸を撫で下ろしてタケに礼を言うと、蓋を上から取り、樽中のタケに手を貸した。


「ありがとう。流石に緊張したな」


 全身ずぶ濡れになって出てくるタケ。タケは服を強く握り込んで絞ると、蓋に突きたてたままになっていたナイフを抜き取り、腰の鞘へと仕舞い込んだ。


「タケ、ありがとうな」

「ほんと、助かったわ」


 辺りを伺っていた盗賊二人も安全が確認できたのか、タケの元へと駆けより、それぞれ礼を言う。タケは大丈夫だと二人にも述べると、脱いでいた靴を履き直し、濡れて額に貼りついていた前髪を、かき上げるように後ろへ撫でつけた。


「全員が無事なら大丈夫だ。さあ、先を急ごう」


 タケは全身がたっぷり濡れていると言うのに、嫌な顔一つせず、適当に衣服や髪から水を絞ると、四人に出発を促した。  

 四人はそれにすぐ頷くと、先程と同じ隊列を取り直してまた坑道を進み始めた。


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