Chapter11-7
「そのあと、私は天凪桃姫でも、霧島ゆいでもない者に姿を変え、此処と、此処に込めた先生の意思を守り抜いてきたのよ」
己の身に降りかかった話をするゆいは、終始落ち着いていた。もはや、達観の域に達していると言っても良い。
「そこから、校長先生は旅に出たって設定になってる訳だな?」
問いかける久の口は、言葉を少し躓かせる。繋がっていない自分たちの世界の未来であると分かっていても、自身や、自身の尊敬する人たちの死を聞くと、どうにも口がいつものように滑って行かない。
「そういうことよ。トウカになる前、先生の姿に化けて、旅に出る芝居も打ったわ」
「……抜け目ない」
タケは周到なやり口に感服するとともに、師を亡くした直後とは思えないその行動に、冷徹さをも合わせて感じ取った。
「泥水をかぶり、それを啜ってでも、私は私を守ってくれた先生に尽くすと決めた。だからこその名なのよ」
言葉が出なかった。この時代のゆいも、桃姫を敬い、そして、自分の確固たる意志に従っている。
意思の強さ、自分の中に通る、確固たる芯のある者こそ本当の強者だと、いつかタケはゆいに言った。この時代のゆいは、まさしくそれを体現している。
「さっきも聞かれたけれど、私はこの時代から離れるつもりはないわ。――貴方たちには着いていけない」
そして今一度、自分の本心を明らかに宣言した。
私は、次元を跨ぐつもりはない。この時代からは離れない。と。
「じゃ、じゃあ! 俺らの依頼はどうすんだよ! こっちだって天凪の先生に全てを託されてここに来てるんだぜ!?」
今一度聞かされた宣言に、ハチが食って掛かった。
自分が今、この時代のゆいの気持ちを考えていない発言をしていると重々承知していた。だが、昂ぶったハチの感情は、その口を閉じたままに出来なかった。先生から自分たちに託された思いが爆発し、思わずゆいをまくし立てる。
「手裏剣使い、貴方が先生から託されたことを成し遂げたい気持ちは、私も同じよ」
感情を表に出したハチに対し、ゆいは淡々と告げる。穏やかだが的確なその物言いと、嘘色の長髪。
「私は、私の知る先生に着いていく。貴方の気持ちが揺るがないのと同じ。私の気持ちも揺るがない」
ゆいは最後のその一文だけ、ハチと視線を繋いだ。
「くっ……」
飲み込まれるように濃い、群青の瞳。その目つきから感じ取れるものは、確固たる意志と決意。そして、この世界を守りたいという純粋な気持ち。それは自分たちも持ち得ており、何よりも大切なものとしているものと同じだ。ハチだってそれを、捨てることが出来ない。
「……この大陸は変わったわ。最早、貴方たちの知る姿ではないと思うし、安全な場所なんて何処にも無い。だから、その時間までここに居ると良いわ」
話はいつまでも平行線だ。どこまでも押し問答が続いていくのが見えている。だからこそゆいは切り出し、ここ、学園の地下洞窟に制限時間である、午後二時まで居たらどうかと提案した。
「そう、ね。ここに居てくれれば、身の安全は保障するわ。幾つか部屋もあるし、ひとまずはゆっくり休まない?」
その発言をフォローするジョゼット。
ジョゼットはこの時代のゆいと桃姫を知っているのに加え、ゆいと違い、久たちの想いや、託されたものに対する向き合い方を知っている。ゆいを連れ帰らせてくれと言われて快諾は出来ないが、再び巡り合った旧友に対して無碍にすることも出来ない。
ジョゼットは大きな二つのものに板挟みにされながらも、どちらに傾倒することもなく、久たちに休養を促した。
「ね? そうしましょ? 疲れてるだろうし、今は休むのがいいわよ」
ジョゼットは少し困った笑みを作りながら、両手を合わせて五人に休息を促した。自分より年下になってしまった友たちが、とても小さく見える。
「そう、だな。少し休息を取ることにするよ。みんな、それでいいな?」
判明したことが多く、頭を休ませたいのも事実。少し疲れた声を出す久が全体に問うと、四人は各々首を縦に振った。
「そうと決まれば移動しましょうか。みんなを空きの休憩室に案内するわね」
合わせていた手を一つたたくと、ジョゼットは立ち上がった。トウカを含めた全員はそれに釣られて立ち上がると、促されるがまま、ジョゼットと共に執務室を後にした。