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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
溶けた氷塊、枯れた桃樹
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Chapter11-4

「話した通り、今から十年前、ひとかげが突如ユーミリアスに現れ始め、各地で破壊行動を始めたわ」


 そして軍団長ジョゼットは、これまでのこと、そして、自分たちのことを話し始めた。


「ひとかげの発生は本当にいきなりでね。何の予兆も前触れも無かった。突如として大陸全土に現れて、何もかもを壊し始めた」


 現歴8009年。それがユーミリアスの各地で観測された時には既に、手に負えない程の数だった。どこからともなく、音も、臭いもなく現れた彼らは、発生したその日から、ユーミリアス各地を潰して回り始めた。

 住人は当然、それに抵抗し、武器を手にした。だが、状況が改善されることはなかった。


「多勢で現れたひとかげは、人々の攻撃で更にその数を一気に増したわ。手に負えないと思った時には既に、ユーミリアスは陥落していた」


 誰かがごくりと生唾を飲んだ。ジョゼットの話を聞くに、大陸全土はこのセピスのように荒廃しているのだという。それも、たった数日の出来事で、だ。

 現れた人影は二倍、三倍と数を倍々に増していき、餌に群がる蟻の大群の如く、ユーミリアスを飲み込んで行った。


「さっきも話したけれど、人々は逃げ隠れしながら、この発生には魔力源があるではないかって考え始めたの。ひとかげが魔力を行使して生まれている物体だとはすぐに分かったし、それであれば必ず根源があるはずだって」


 頷き、話を静かに聞く久たち五人。ひとかげが分裂するという点以外は、自分たちが経験と似通っている。


「そこで、ひとかげの元を探り、それを絶つことを第一目標としなければならないって提唱した人がいた。その人が、実質の初代軍団長で、この組織の発起人――」


 そしてジョゼットは、先代の長の名を口にした。

 その名は、五人の目を真ん丸に見開くのに、十分な衝撃だった。


「天凪、先生が……!」


 その名を、織葉が再び呼ぶ。

 ひとかげの発生には根源があると提唱し、それを元から絶つと、組織を数日で立ち上げた人物。それは、自分たちをこの世界に送り出した、雷の魔導師。天凪桃姫、本人だった。


「そんな、なら、先生は……!」


 ここまで黙っていた織葉も、先生の名が出るとそうはいかなかった。思わず立ち上がると、両手をテーブルに着き、身を乗り出して訊いた。


「天凪先生はここを建立して様々なことを整えたのち、一人ひとかげの根源を探す旅に出たわ。以降は消息不明。……もう六年も前のことよ」

「そんな、ばかな……」


 織葉は力なく、へたり込むように腰から椅子に落ちた。

 天凪桃姫は織葉の知る中で、最強の存在だ。それは織葉の一個人の感想ではなく、ユーミリアスの総意と言ってもいいだろう。


 濃紺のローブと三角帽を身に纏う、桃色の髪を持つ女性魔導師。彼女は小柄でありながらも、誰よりも博学で謙虚で、生徒に手を上げる者を許さなかった。彼女の放つ雷撃は全てを破り、全てを守り、そして美しかった。


 その、雷を自在に扱う上級魔導師は、消息不明となって、もう六年も過ぎているのだという。


「ただ、これは建前の話よ。実際は、そうじゃないわ」


 すると、トウカがジョゼットに続いた。


「何? なんだって?」

「今の話は嘘。でまかせよ。大陸全土とひとかげを(うそぶ)く、最大の罠よ」


 トウカは一言も言葉を詰まらせない。すらすらと、準備をして待っていたかのように、過去の五人にそう告げる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。先生が数年前から行方不明ってのは嘘なのか!?」

「そう言ってるじゃない。天凪先生が行方不明なのは嘘。でまかせよ」


 取り乱す久に対しても、淡々と言葉を紡ぐゆい。その表情には、悲しみも、怒りも無いように見えた。ゆいの銀髪が何の味気も無く、ひどく真っ白に見える。


「そんな、じゃあ、先生は今――」

「ちゃんと説明するわよ。座って?」


 いつしか立ち上がっていた久を落ち着かせ、座るように促すゆい。その姿を見て、ジョゼットが口を開く。


「ゆい、いいのね」


 横に座る、信頼できる水の魔導師にジョゼットは真剣な面持ちを見せると、五人の前で初めて、彼女を本名で呼んだ。


「はい。構いません」


 ゆいは短く、ジョゼットに肯定して見せた。


「私は先の会話の中で、この五人が過去の私とどんな関係であったのかを、ずっと見極めていました」


 そして、更に続ける。


「正直な所、私が彼らに向けるべき感情、態度はよく分かりません。軍団長のかつての仲間、そして先生が依頼主という点を加味しても、今の私に繋がる訳ではありませんし」


 淡々と放たれる言葉の数々が、的確に全員の耳に届く。

 ゆいはやはり、トウカだった。的確に全てを射抜く姿、その思考はゆいとは程遠い――


「ですが」


 ――程遠い。ように、思えた。


「ですが彼らが“霧島ゆい”を想い、慕う気持ちは十分に分かりました。ならば、私の知る、霧島ゆいの話をする価値はある。彼らの中の私と、今ここに居る私は繋がってはいませんが、彼らが自分たちの“ゆい”を大切にしてくれているのは、流石に私でも分かりますから」

 

 口調は固い。声色も鋭い。

 だが、根底にはゆいが居た。居てくれた。


 それは、彼女が封印し、捨て去ったものなのかもしれない。だが、確かに彼女には、ゆいが残っていた。


「だからこそ、お話ししようと思います、私と、トウカと、天凪先生のことを」


 ジョゼットは何も言わなかった。

 ただ、ゆいの考えを頷いて認めてあげると、自らの口を閉じ、次の言葉を待ちながら、ゆいを見つめた。


(久たちは全くの他人だものね。知り合ったばかりで信じることも、慕う事も出来ない。軍団長(わたし)の旧友と言う点以外でしか、自分と繋がっていない)


 だが、彼らはこんなに荒む前のゆいを知り、手を引いてくれたのだという。


 親友を無くし、住処を無くし、ただその恨みをひとかげだけにぶつけるゆいとは違う、ただただ純粋に普遍的な生活を営み、そこに楽しみを見出していた、かつてのゆいを知っている。


(だからこそ、話すべきで、知るべきなのかもしれないわね。皆が慕うゆいが、この次元で何を見て、何を経験したのかを)


 そして、ジョゼがゆいから視線を五人に向けた直後、ゆいは口を開いた。





「天凪先生は、亡くなりました」

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