Chapter1-5
ゆいがエルマシリアで亡くなって早二年。桃姫はその時よりゆいの愛杖、シオンを預かっており、日夜時間を見つけては、武神の塔で何があったのかをシオンを元に究明しようとしていた。
有益な情報が得られる時間は、杖自身の魔力が切れるまでの僅かな時間。
桃姫はどんなに断片的なものでも構わないと、日夜必死にゆいのシオンとの共鳴を図った。
だが、いつまで経っても、ゆいの杖から力が衰えることはなかった。
一週間、また一週間と杖はいつも通り光り続け、そこでようやく、桃姫も異変に気がついた。
いくつもの杖の最期を見てきた。
いくつもの魔法使いの最期も見てきた。
だが、主を失ってもなお、ここまで力を保ち続ける魔導具に出会ったのは初めてだった。
自身に流れる時間、二百年もの間に経験した固定概念を覆す、前例のない新たな事象。桃姫はすぐさま共鳴の方法を変え、自身の杖を用いたもっと強力な共鳴を行った。
するとなんと、シオンからかすかに、魔力線がまだ伸びていた。細い細い、天使の髪の様な青い線が、杖先のクリスタルの中心から、何処かへまっすぐと伸びているのが見えた。
桃姫は持てる全ての力、知識を使い、糸の先を辿った。
自分の最愛の友人が残した、最期の希望。
どんなことがあっても、生きているのならば、見つけ出してあげないといけない。
それが、私に出来ることなのだ。数百年も生きてきた私に課せられた、大きな使命なのだと、桃姫は三日三晩、不眠不休で、シオンと繋がり続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
にわかには信じられない話であったが、天凪先生が嘘をつくとも思えない。
久たち五人は、人知れず校長が努力していた話を、最後まで聞いた。
「突拍子のない話でごめんなさいね」
「大丈夫です。突拍子のないことには慣れてますから」
久はいえいえと首を振ると、校長に笑って見せた。
「ありがとう。それで、今一度お願いしたいのだけれど、そこへ向かって、ゆいを迎えに行ってくれないかしら。私もまだまだ、ゆいに教えたいこともあるし」
俯く桃姫は目元を三角帽子のひさしで隠した。
教え子を失った悲しみは、久たちには到底理解が出来ないものだった。
それに加え、ゆいは桃姫にとって、最愛の弟子の娘とも聞いている。
そんな自分にとって大きな大きな存在を取り戻すことが出来るチャンスがあるのなら、きっと藁にでも縋りつくだろう。
久はタケに顔を見合わせた。
タケは一度コーヒーを啜ると、眼鏡越しの瞳を閉じ、そして頷いた。
「天凪先生。その依頼お受けします」
タケに頷き返した久はもう一度優しい笑みを作ると、すぐ横に座る桃姫に、依頼の回答を出した。
「久くん、みんな、ありがとう……」
桃姫は顔を上げられなかった。
二百歳を超える魔導師のその姿は、もっともっと小さく、そして若く見えた。
「俺たちだってゆいに会いたいですから。なんせ、助けてもらったお礼すら出来てないんですよ」
「そうね。今の私たちがあるのも、ユーミリアスがあるのもゆいちゃんのお陰なんだもの。私だって話したいこともたくさんあるわ」
ジョゼは窓先から温かなセシリスを見た。
優しく吹き込む風も、穏やかに照らす日光も、すべてゆいが守ってくれたものだ。
「だな。俺もまだゆいちゃんに告白してないしな。いい加減ちゃんと想いを伝えないとだ」
「あ? お前にゆいが振りむく訳ないだろうがよ。頭おかしいのか?」
流れに乗ったハチに対し、間髪いれずに織葉が掃いて捨てた。
「ともあれ桃姫先生、ゆいに会いたい、助けたいのはオレたちの総意に違いありません。久の発言とは重なりますが、この依頼、オレたちが預かります」
みんな、ゆいにもう一度会いたかった。
そして、「ありがとう」と、言いたかった。
「ありがとう、みんな、ありがとう……」
桃姫は小さな体を椅子の上でさらに小さくするかのように背を曲げ、帽子で自らの酷い顔を隠した。