Chapter11-2
ごぉん。
再び静まり返る軍団長室に、時刻を告げる鐘が一つ鳴った。それは久たちの背後、壁際に置かれた古い柱時計からだった。
厚めの鈴を打った音に近い、低い音を鳴らした時計に目をやると、長針と短針はぴったりとその身を合わせて一つの時刻針となり、頂点を二人で指していた。
「あと、十四時間か……」
眼鏡の奥から文字盤を見つめるタケの一言に、誰も自分の懐中時計を取り出そうとしない。
ここへ来てもう十時間。日付が変わり、今日の午後二時には自分たちは元居た場所に戻されてしまう。
そして二度と、この地を踏むことは出来ない。時間転移は一度きりだ。
桃姫の魔芯であるからこそ実現できた時間転移魔法。五人が寄って力を合わせても、それに程遠い事は明白である。魔芯を差し出す協力者が他に現れるとも考えられない。
つまり、この機会を逃せば、ゆいを取り戻すことは二度と叶わない。
五人を信じて託し、自らの力の全てを差し出して送り出してくれた桃姫の最後の依頼、自分たちにしか完遂できない頼みを、成し遂げる事が出来ない。
「……。」
さらに押し黙るタケ。脳裏には恩師でもある、桃姫の悪戯っぽい笑みが浮かび上がってくる。
桃姫は依頼をこなせず帰還しても、自分たちを責めることはきっと無い。怒りの一欠けらも見せず、「よくやってくれたわ。ありがとう」と、肩を叩き、抱擁してくれるだろう。そしてまた、五人での、今まで通りの生活が始まり行くのだろう。
(でも、オレたちは――)
タケの記憶が、ほんの十数時間前に飛ばされる。それは、セピスへ発つ前にセシリスで思った、一つの願い。
「ここに一人、加えたい」
その一文は少なく、小さいながらも、今も五人の心を結び付けている。
それは、依頼だからではない。ゆいへの罪滅ぼしでもない。自分たち五人の、明白な気持ち。確固たる考え、意思――
『トウカの手を無理にでも引いて、聖神堂に、行くべきなのかもしれない』
全員の脳裏に、その考えは少なからずあった。全員で聖神堂内の迅雷輝星を掴みさえすれば、依頼は達成される。六人揃って、もとの平和な時代に帰ることが出来る――
(だが、それでは駄目だろうな)
タケは目を軽く閉じ、誰にもわからない程度に首を横に振った。
この時代のゆいを連れ帰っても、皆の望む結果にはならないだろう。彼女は桃姫と皆の知る、霧島ゆいとは異なるからだ。
(桃姫先生や、ゆいのことを考えるのであれば――)
「ゆいを、連れて帰らない」
それが最高の選択肢だった。
連れ帰っても自分たち自身、それに納得できない。「依頼で」という大義名分のもと、人様の生活、人生を奪い取る訳にはいかない。仮に自分が当事者であれば、当然強く反発する事だろう。自分には自分の場所、生活がある。と。
自分たちも、桃姫も、そして、連れ帰ったゆいも、誰も喜ぶことのない、依頼の達成。そんなものは無意味だ。
(ゆいを、連れて帰る訳にはいかないのか――)
タケの中で、答えは出始めていた。
何故、ゆいを連れて帰る事が出来ないのか。数年前のように、手を引くことが出来ないのか――
(ゆいが、ゆい、だからだな)
そしてタケは、数秒とも数分とも思える間閉じていた瞼を開いた。
眼鏡の奥で開き行く、弩使いの鋭利な瞳。それが捉えたのは、やはり、ゆいでは無かった
だからこそ、タケの口は開いた。それは決して、無意識では無かった。
「ゆい、君はいつ、トウカになったんだ」