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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
“出なかった”世界
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Chapter10-6

 ◆◆◆



『ジョゼ! いいから、逃げろ!』


 泥の記憶。


『そんなっ! 二人を置いていけないわよ!』


 血の匂い。


 右の脇腹が抉れている。傷口を押さえる左手は、どくどくと早鐘を打つ自分の体内に押さえつけられている。

 腕や足は幾つも切れ、血が滲んだ服装は鼻を刺激する。手裏剣のポーチも、腸を割かれたかのように、べろりと内布が表にひっくり返っている。


 愛篭手も壊れ、その篭手の欠片が利き手に幾つも突き刺さり、真っ赤な鮮血をだらだらと誘い出している。

 指は、何本か失くなっていた。

 もう、手裏剣を投げるどころか、何かを満足に掴むことすら叶わない。


 切れたこめかみの傷が邪魔して、よく定まらない世界の中、血だらけの私は燃え盛る森の中で背中を合わせる二人の親友に、血を吐きながら大声を張り上げた。


『大丈夫だ……! 必ず、必ず追いつく……! 先に行けっ!』


 自慢の金髪を真っ赤に染めた弩使いが、片目から鮮血を流しながら、辛うじて私を見つめた。


 彼の眼鏡は、何処へ落ちたのか。

 彼の左手は、何処へ落ちたのか。


 腕力の残っていない右腕で持つ赤い弩は、肩から溢れる鮮血でより赤に染まっている。


『行け! ジョゼ! 早く行けぇぇっっ!!』


 咆哮にも似た、槍使いの怒鳴り声。青色掛かる彼の端正な銀髪も、赤黒く汚れ、毛先ではそれが固まり、幾つもの毛髪を汚く束ねている。

 体に幾つもの斬撃を受けた者とは思えない程の雄叫びが、燃えて崩れゆく森林に響いた。


『つっ……!』


 ふらふらと深森に姿を隠そうとする。足元が定まらない。視界がふらつく。

 一歩踏み出せば、脇腹から一層の血が溢れた。

 涙を流し、二人の親友の指示に従った私は、二人の吐血と、飛び出た内臓を見ることは無かった。

 

 燃える森林を、ただひたすら、目的地も無く、奥へ奥へと逃げる。

 耳に入るのは爆音と、樹木が燃え盛り、折れ行く異音。

 血を流し進んだ距離はどれほどになるのだろう。それは数歩にも、数キロにも思える。


 ただひたすらに、言われた通り、逃げる。逃げる。逃げる。

 脚が動くまでは。脚が前に進むまでは――



 ざくっ。



 そして、脚が止まる。

 脳が感じる痛みは限界を超え、それは違和感としてしか認識されない。

 体内に何か、何かがめり込む感覚――


『あああっ……!』


 気付けば、左頬のすぐ下、鎖骨を通り抜けた左胸の上部から、剣の切っ先が飛び出ている。 

 真っ赤に染まるそれには肉片が貼り付いており、それは重力にしたがってぼとりと落ちた。


 背後に何がいるのか、振り向かずとも分かる。

 ここに居るのは皆、黒く、薄い存在だけだ。


『うああああああっ!』


 数秒も遅れ、脳に到達する痛覚。肩から鎖骨に至るまで食い込んだ鋭利な剣が、その叫びに合わせ、真後ろに引き抜かれた。


 気付けば、天を仰いでいた。

 目に入るは、燃え盛る大木と、あちこちから上る黒煙。


 そして、大剣を握る、黒い存在。

 剣を染める赤は、自分の残り少ない血液なのだろう。滴り落ちるそれは、森の地面に染み込んで行く。


『ごめ、――ひさ、たけ……』


 視界にはノイズが走り、色が奪われていく。最後に見えた視覚情報は、剣を振り上げる影と――


『まに、あった―――』


 ナイフで凌ぎ切れず、上半身を真っ二つにされた、小柄な、人影――


 そして影は、彼が間際にぶつけた何かによって、その身が爆発した。

 頬を焼く熱波。それが私の、意識を失わせた。




 そこからどうやって助かったのかは分からない。

 気付けばどこか分からない、小さな診療所で包帯に巻かれ、寝かされていた。


 四肢は固定され、動くことは愚か、声すら出ない。顔を半分以上覆う包帯の所為で、僅か数メートル先にあるはずの天井の距離感すら掴めない。


 目覚めた私に医師は奇跡だと驚くと、助けた時に拾い集めたという、私物をベッドの脇に置いてくれた。

 辛うじて微かに動く首を横に向けると、真っ赤に染まった私服や、ポーチに引っかかって残っていたのだろう、幾つかの冒険道具が目に入る。しかし距離感が掴めず、手の届くところにあるかと思いきや、次の瞬間、遥か遠くに移動してしまう。


 遠く離れては目元まで近づき、また離れていく私物の中に、見慣れない物が一つ、埋まっていた。

それは、真っ赤な物の中でも一つ、輝きを放っていた。


 金と、黒。そして、蛇――だろうか。


 それが何か分かった刹那、血が流れ出ていた私の瞳から、熱い涙が溢れ、頬を伝った。



◆◆◆


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