Chapter10-2
「軍団長とこの人たちが知り合いですって!?」
一同が落ち着いて執務室の応接机に着いた頃、トウカは一人、自身の長、ジョゼットの説明を聞き、驚いていた。
だがそれはトウカに限った話ではない。過去から訪れた五人もまた同様だ。
当然だが特にジョゼは状況が全く掴めておらず、どうして自分が二人いるのかと本人を目の前にしても到底理解が及ばない。もう一人の自分と会ってしまうと魂を抜かれて死ぬだのなんだのをどこかで聞いたことがあるが、そんなことを考える余裕すらない。
ただただ不思議な状況に遭遇しているという事だけが分かっている。少し歳を取った自分をまじまじと見て、何度も止まりかける頭をぐるぐると回していた。
すると、自分を見ていると気付いた軍団長ジョゼット。少し幼い自分を見て、どこか懐かしそうな面持ちで、ゆっくりと口を開いた。
「――懐かしいわ。私、その髪型をしていたものね。肌も今よりすごく綺麗……。羨ましいわ」
にっこりと微笑むジョゼット。先程初めて顔を合わせた時は驚いていたが、こちらは今は状況を何とか飲み込んだのか、自分なりに整理をつけたらしく、ジョゼよりも落ち着いているように見える。
ジョゼットは髪を解いた今の髪型にして長いのか、数年前の自分を見て懐かしんだ。
「あら、あなた、籠手が……」
「あっ、うん……」
若いジョゼを見ていた瞳が、聴き手の腕に少し残る、無残なテンペストを捉えた。
ジョゼは歳上の自分にどう反応していいのか分からず、どこか他人行儀な反応をしてしまい、そして右腕を机の影に追いやって隠した。
「テンペスト……懐かしいわ。確か傷んできてるって、昔ビャコに言われたわ」
「えっ? ビャコに……?」
顔を上げるジョゼ。ジョゼットはにっこりとほほ笑み、首を縦に振ると、椅子から立ち上がり、執務室の方へと向かう。
「もう何年も前になるけどね。かなり傷んでるからって、買い替えを勧められたわ」
「……一緒だ。私も最近、ビャコにそう言われたんです」
つい数日前だ。ここに発つ前、ストラグのビャコの武具店に立ち寄り、そう言われた。
傷み具合を見るに、修理するには厳しい。買い替えを視野に入れておく方が良い、と。
「でも、買い替えませんでした。そしたら、この有様です」
利き腕を上げるジョゼ。男三人も籠手の破損に気付いてはいたが、しっかりと見るのは今が初めてだ。その破損具合は想像以上に酷く、修繕不可の域に入っているのは明らかだった。
「ビャコの見立ては正しいからね」
執務机の引き出しを引き、何やら革製の巾着を取り出すジョゼット。それを手にすると階段を下りて、ジョゼに近寄った。
「このための物だったのね。開けて?」
顔を下げるジョゼに手渡される、古びた巾着袋。ジョゼはそれを不思議そうに受け取ると、引き絞られた紐を緩め、巾着内に手を入れ、それを取り出した。
巾着袋から取り出される、藍染めの布で丁寧に巻かれた何か。
寧に包装された贈答品のようなそれに手を掛けると、するりと布が滑り落ち――
「……! これ、テンペスト!?」
開かれた藍染めの布包みから姿を現したのは、純白の光を放つジョゼの武具、愛籠手、テンペストだった。
その姿は新品さながらに美しく、大蛇の白鱗が艶々と輝いている。何処にも割れも欠けもなく、美しい上鱗が規則正しく並んでいる。
手の甲に嵌め込まれた赤のクリスタルも華麗に煌めき、表面に擦り傷一つ見当たらない。
「ジョゼ、あなたにあげるわ」
自分で自分の名を呼ぶのって変な感じね。と、後ろ髪を掻きながら照れくさそうに笑うジョゼット。それを聞き、ジョゼは驚きの面持ちを作る。
「そんな、いいんですか? こんなに綺麗なのに――」
「勿論よ。私には……今の籠手があるし。テンペストはあなたにこそふさわしいわよ。――ビャコに無茶言って直してもらって良かったわ」
テンペストは、ビャコが完璧に修復していた。ジョゼの無茶な依頼に、ビャコはしっかりと応えてくれていたのだ。
「ありがとう。大切に、使わせてもらいます」
ジョゼは深く頭を上げると、右手に少し残ったままのテンペストを外し、それを自分のポーチに仕舞いこむと、純白のテンペストを利き腕に嵌め込んだ。
「ふふ。いいのよ。役に立ててよかった。――偶然は、ないからね」
装具する若き自分を見ながら、ぽつりと呟くジョゼット。
軽く、心地よく、それでいて堅牢。しばらく仕舞われていたままだった籠手、テンペストは、愛する持ち主の元へと戻り、その純鱗を輝かせて見せた。
(偶然は、ない。か……)
ジョゼの腕に、籠手はしっかりと馴染んだ。