Chapter1-4
ゆいの愛杖、リューリカ・シオンは、ゆいがこの世を去った時から、桃姫が預かっていた。
ゆいの杖は桃姫の手に渡り、もう二年が経つ。だが、主人のいないシオンは今でも綺麗に光り輝き、主の帰りを今か今かと待っているように見えた。
「それで桃姫先生、ゆいを迎えに行く、というのは?」
久しぶりのゆいの杖に目を奪われていた五人だったが、タケのその一言ではっと顔を上げ、一様に桃姫を凝視した。
「でも、でも先生、ゆいは――」
桃姫からの説明が待てず、織葉が口を挟んだ。
この中で唯一、織葉はゆいの死に目に会っている。思い出すまいとしていたが、腹部に黒い槍を何本も受け、そのまま光となって消えていったゆいの姿は、今でも鮮明に思い出すことが出来てしまう。
「みんな、落ち着いて聞いて欲しい。実は、ゆいはまだ、生きている可能性があるの」
「「えええっ!?」」
思わぬ桃姫からのカミングアウトに、五人は思わず立ち上がった。反動で机が揺れ、カップの中の飲み物が危うくこぼれかけた。
「先生、それは一体どういうことだよ!?」
ハチが更に身を乗り出して訊いた。
それに対し、桃姫は一つ頷くと、机の置いたままのシオンを指差し、口を開いた。
「私たち魔法使いと魔法具の関係が、皆の様な、剣士と刀のような関係と少し違うのは知っているかしら?」
すると五人はそれぞれに顔を見合わせた。
ここには魔法使い職が一人もおらず、桃姫の問いに誰も答えることが出来ない。
「こういう言い方をすると怒られるけれど、戦士と剣、弦使いと弓なんかは、持ち主とその道具っていう関係性があるわよね。誰かが作ったものを買ったり、替えたりも出来る」
「まぁ、確かに」
ジョゼは桃姫の言葉を聞きながら、手に嵌めてある籠手を見て触った。確かにこれも、何処かの職人が拵えたもので、馴染みの武具屋で購入したものだ。
ジョゼの愛篭手テンペストは未だ現役で、ゆいが消えてからも、その姿を変えていない。
「でも、魔法使いと杖はちょっと違うの。魔法使いは自分の杖を自らの手で作らないといけない。だから、使い手と道具を越えた関係にあるの」
「ええと、だからつまり……?」
やはりハチは理解に苦しみ、説明途中にもあるにかかわらず、桃姫に結論を急いた。
「魔法使いと魔法具はね、魔芯で繋がっているのよ。だから、杖の使い手が消えた時には――」
「杖も同じく力を失う。と言うわけですね、桃姫先生」
「そういうこと。流石タケくん、察しがいいね」
桃姫はにっこりと笑うと、少し離れた所にいるタケに笑って見せた。
魔法使いと杖は、単なる使い手と道具の関係を越える。自ら作り出した杖を最愛のパートナーとし、お互いの魔力を繋ぎあう。よっぽどの事がない限り、魔法使いの杖は生涯の内、一本きり。
杖と術者の魔芯は互いを高めあい、助け、成長していく。それはつまり、術者の魔芯が死に消えた時が、杖の最期ということになる。
「じゃ、じゃあ! ゆいはまだ生きているんですか!?」
今度は織葉が更に身を乗り出した。相変わらずな雑な手入れの赤髪が、体躯に合わせて揺れ動く。
「その可能性が高いわ。ゆいの杖、シオンを預かって二年だけど、未だにクリスタルが輝いてる。杖は術者の死の直後に死ぬ訳ではないけれど、流石に二年は破格よ。主を失った杖単体にそこまでの力はないし、これはもう、ゆいがまだどこかで生きていると、そう考えた方が筋が通るの」
ぱあっと、五人の顔が明るくなった。
ゆいがまだ生きているかもしれない。それはまだ確定ではないが、五人の気持ちを高ぶらせるのにこの上なかった。
織葉とジョゼは手を取り合って喜びあい、久とタケ、ハチの三人は瞬時に目を合わせて頷き合った。
「桃姫先生、それで、ゆいはどこにいるんですか?」
二人から視線を外し、タケが訊いた。
「そう、ここからが大切なところ」
喜び合う五人の中に、静かに声が通った。
ピタリと空気を静まり返させると、五人は落ち着き、椅子にもう一度座った。
「ゆいのいる場所、それはね――」
校長から告げられた場所は、想像もしていないところだった。
理解が出来ない。
そこは場所ではなかった。
そこは、時間。
桃姫が答えた、ゆいの居場所。
それは、「未来」だった。