Chapter9-3
先程とはまるで違う空気。まるで違う明るさ。まるで違う場所。
六人は洞窟――というより、整備された鉱山の内部道の様な場所へといつの間にか飛ばされていた。
「ここは――」
辺りを見回す久。自分たちが今いる場所は、五メートル四方ほどの空間で、天井までの高さも、久二人分くらいある。そこそこの広さと高さがある場所だった。
壁と天井は木材で梁が組まれて補強されており、沢山の手が加えられたのが見て取れる。壁には幾つものランタンが等間隔に掛けられており、そこからは温かなオレンジの光が漏れ、洞内を明るく照らしている。
そしてこの部屋、と言っていいのだろうか。この部屋の壁には、台形の形に掘り抜かれ整備された道がいくつもあり、何処かへと続いている。その通路にも等間隔に明かりが設置されているようで、オレンジの光が奥へと続いている。
「トウカさん、ここは、何だ?」
自分の置かれている状況の読めない五人。タケが口を開き、杖の光を止めたトウカに問うた。
「ここは学園の地下深く。私たちの拠点となる場所よ」
「ここが、ゆ――トウカのアジト? 学園の地下だって?」
本名が零れそうになるのを止めた織葉が重ねて問う。
「えぇ。学園地下数百メートル。ひとがけの殲滅を行う私たちの本拠地」
「ひとがげって、まさか――」
まだその呼称を聞いていなかったジョゼが目をまん丸にする。ジョゼも男たち三人と同じく、その呼び名を聞いたのは数年ぶりだった。
「まだ二人には何も話せていないものね。ともかく、先に軍団長の元へ行くわ。そこで全て整理するわよ」
トウカは短く述べると、この部屋から伸びる、一本の通路へと足を進めていく。五人は一瞬顔を見合わせあったが、すぐさま駆けてトウカの後ろに続いた。
◇ ◇ ◇
明るく照らされた坑道を進む六人。どうやら、この場所は元あった自然洞窟に手を加えて作ったものらしい。
坑道の途中には自然洞窟が開けていたり、時折壁の穴から鉱水が湧き出たりしている。
「こんなのが学園の地中深くにあったなんてなぁ」
坑道脇から伸びる洞窟に目をやりながらハチが言う。その声は小さな穴に反響して響き、遠く何処かで土か石壁に吸い込まれて消えた。
「聖神堂も結構な深さがあるものね。このあたりは洞窟だらけなのかしら」
洞窟の冷えた空気がしみるのか、腕をさするジョゼ。ジョゼはハチの返答のように見せかけてトウカへ話題を振ったのだが、トウカはジョゼの発言に反応も足を止めることもなく、同じ歩速を保って黄髪を揺らしている。
曲がりくねる坑道を行く六人。時折、トウカと同じ格好をした団員と思しき人たちとすれ違うが、どの人もトウカには頭を軽く下げ、その後ろに続く五人を不思議そうな眼で見つめていた。
その目はどこか珍しいものを見る目と言うか、奇妙なものを見つけた時に向けるような視線ばかりで、五人は他隊員と遭遇するたび居心地が悪い。
この時代が自分たちのいた時代の百年先だったとすればその視線にも納得がいくが、ここはたった数年先の世界。服装も文化も大差の無い筈であるのに、隊員は皆一様にして、通り過ぎたあと、五人の後ろ姿を見えなくなるまで凝視し続けてくる。
「……珍しいのよ。あなたたちが」
すると、トウカが口を開いた。トウカは振り向くことも顔を横に向けることもなく、歩きながら言葉を発した。
「それは、どんな点が?」
金髪を揺らしてタケが問う。眼鏡の奥の目は、疑問に満ちていた。
「何もかも――というと身も蓋もないわね。武器も、佇まいも、その服装も。全てが珍しいわ」
ここに隊員以外が訪れるのが珍しいというのもある。と、最後に付け足すトウカ。その最後の一文には、この時代には殆ど人間がいないかのようなニュアンスを漂わせている。
いくつかの空間と坑道を経由して進むこと数分。あの転移してきた場所から進み始めた六人は、先ほどよりも少し太い坑道の入り口に行き、そこを進んでいた。
すると、坑道の奥に観音開きの扉が見えた。その扉の大きさはこの坑道の幅と同じで、行き止まりのように突き当たりでそれを閉ざしている。
今まで坑道の側面に扉が備え付けられていたり空間があったりはしたが、道の奥に扉があるのは始めてだ。
どこか牢獄の入り口を彷彿とさせるその突き当たりの先に、五人の頭には疑問符が飛び交う。
「あそこが軍団長の執務室。行くわよ」
するとトウカが口を開く。
トウカは口早に説明するだけで、そのまま地を踏んで扉に近づいていく。先ほどより少し早くなったトウカの歩調に合わせる頃には、六人は軍団長の執務室前にとうとう到着していた。
扉は聖人堂の物と似ていた。古い木製で、四隅が金具で補強されている。そして、表面にはここの校章、逆十字のレリーフが彫り込まれている。
この奥で待つ軍団長がどのような人物なのか想像もつかないが、この逆十字を守ってくれていることは確かだと、五人は知らぬうちに唾を呑んだ。
コンコンコン。
「軍団長、トウカです。軍団長に会わせたい人物がおり、連れてきました」
坑道に通る声。トウカは扉を叩くと、そう宣言した。
カチャン。
たっぷり五秒後、扉の反対側から解錠する音が聞こえ、そして扉はゆっくりと開いた。
室内の内側に開きゆく観音扉。五人はどんな人物が立っているのかと、トウカの肩越しに凝視したが、そこには誰も待っていなかった。
「……入るわよ」
一拍おいたトウカは、執務室に足を踏み入れた。
五人は反応のない部屋に踏み入ることに躊躇しようとしたが、ここではトウカに倣うべきだと瞬時に切り替え、まごつく足を踏み出して執務室に入室した。